『新共同訳・旧約聖書略解』
 
 
 
「レビ記」
 
 
 
 
樋口 進
   目   次
 
序 論
I、犠牲に関する法(1−7章)
 1、焼き尽くす献げ物(1章)
 2、穀物の献げ物(2章)
 3、和解の献げ物(3章)
 4、贖罪の献げ物(4:1−5:13)
 5、賠償の献げ物(5:14−26)
 6、各種の献げ物の施行細則(6:1−7:10)
  a、焼き尽くす献げ物(6:1−6)
  b、穀物の献げ物(6:7−11)
  c、祭司の穀物の献げ物(6:12−16)
  d、贖罪の献げ物(6:17−23)
  e、賠償の献げ物(7:1−10)
 7、和解の献げ物の施行細則(7:11−38)
U、祭司の制度(八−一〇章)
 8、祭司の聖別の任職式(八章)
 9、アロンによる献げ物の初執行(九章)
 10、アロンの祝福(9:22−24)
 11、祭司ナダブとアビフの違反(10章)
V、汚れとその処置(11−16章)
 12、清いものと汚れたものに関する規定(11章)
 13、出産についての規定(12章)
 14、皮膚病(13章)
 15、清めの儀式(14:1−32)
 16、家屋に生じるかび(14:33−54)
 17、男女の漏出による汚れと清め(15章)
 18、贖罪日(16章)
W、神聖法集(17−26章)
 19、献げ物をささげる場所(17:1−9)
 20、血を飲むな(17:10−16)
 21、いとうべき性関係(18章)
 22、聖なる者となれ(19章)
 23、死刑に関する規定(20章)
 24、祭司の汚れ(21章)
 25、聖なる献げ物について(22章)
 26、主の祝日(23章)
 27、常夜灯(24:1−4)
 28、十二個のパン(24:5−9)
 29、神の御名を冒涜する者(24:10−23)
 30、安息の年とヨベルの年(25章)
 31、偶像を拝んではならない(26:1−2)
 32、祝福と呪い(26:3−46)
X、補足「献げ物」(27章)
   序   論
 
 1 書名と内容
 ヘブル語聖書の書名は、その最初の言葉「ワィイクラー」(そして彼[ヤハ
ウェ]は呼んだ)である。日本語の「レビ記」は、ラテン語訳聖書のLiber Le
viticusから来ている。そしてこれは、ギリシア語訳(七十人訳)に由来してい
る。この書名は、レビ人と呼ばれる祭儀職員の集団に関係するのではなく(レ
ビ人は二五・三二−三三にしか言及されていない)、祭司職のための祭儀に関す
る(すなわち「レビ的な」)諸規定を取り決めている本書の内容と関係している。
本書は事実上、様々な主題に関する事柄の一集成であり、献げ物、祭司の任職、
飲食の事柄、清浄と不浄、性的関係、祭り、倫理に関すること、安息年とヨベ
ルの年、その他多岐にわたる法律や規則を含んでいる。
   2 レビ記の資料
 レビ記は元来、独立した一つの書であったのではなく、四書の一部を構成し
ていた。それは、祭司集団によってまとめられたものである(いわゆるP資料)。
祭司の最も著しい特徴は、過去に与えられた様々な法を収集・編集・保存する
ことであった。特に彼らの特別な関心は、それらの法がシナイ山で神から与え
られた、ということである。そこでレビ記全体は、シナイ契約のコンテキスト
(出一九章−民一〇・一〇)にはめこまれた。
 その中で、一−七章(犠牲に関する法)と一一−一五章(浄・不浄に関する
規定)と一七−二六章(神聖法集)は、既に以前に独立した法集として成立し
ていたと思われる。祭司の編集活動は、主に古い法を体系化し解釈することで
あった。
 出エジプト記のPの伝承の本来の続きは、八章(祭司の聖別の任職式)、九
章(アロンによる献げ物の初執行)、一〇章(祭司ナダブとアビフの違反)及び
一六章(贖罪日)だけである。最後の二七章(献げ物)は、後代の付加である。
   3 年代と著者
 レビ記は、「第三モーセの書」と言われて、伝統的にモーセがその著者と考え
られてきた。確かにレビ記には、モーセ時代にさかのぼると思われる宗教的慣
習や法規があると思われるが、しかしそれはモーセが実際にこれらの法の著者
ということではない。レビ記は、イスラエルの長い歴史において徐々に成長・
発展して行ったのであって、ある時に一人の著者によって作られたのではない。
 レビ記が現在の形になったのは、捕囚後の時代である。二六章四三−四四節
では、捕囚が暗示されている。それは、約束の地において共同体が回復される
のが実際に可能であった時代であり、多分紀元前六世紀の後半である。
 これを編集したのは、捕囚から帰還した祭司の集団である。アロンが祭司集
団の先祖として重要な役割を担うのは、捕囚後の祭司集団の特徴である。彼ら
は、多分王国時代にイスラエルのいろいろな聖所で伝えられていた様々な法を
収集し、編集したのである。それゆえに、レビ記には、実に様々な時代の法の
資料が含まれている。
   4 目的
 祭司の記者たちが、古い法資料を収集し編集したのは、捕囚という痛手によ
ってさらされた挑戦に対処することと、破局後の時代にパレスチナで徐々に再
建されていた共同体のために組織を提供するためであった。
 そこで祭司たちは、人々の生活の基盤であった基本的な掟を文書に固定し保
存することに関心をもった。それは、口伝で伝えられていた古い法習慣が国家
崩壊によって失われる危険にあったからである。
 また、祭司の記者たちは、自分たちに起こった悲劇の理由を理解してそれを
民に説明しようとした。その際、捕囚前の預言者たちの教えを採用した。特に、
イスラエルの民が契約の条件に不忠実であったことに対する罰として、神が外
国の征服者を自分の代理人として使ったという理解はそうである。そこで祭司
たちは、契約義務を実際に表現している掟と戒めを詳細に述べることに努力し
たのである。それは、イスラエルの民がそれらを守ることにいかにしばしば失
敗したかを自覚させるためであった。それゆえ祭司にとって律法は、未来に対
する警告と約束でもあった。
 祭司の作品のもう一つの目的は、神の戒めは今も有効であり、以前のように
ではなく、忠実に守られさえすれば再建された共同体の土台となることができ
る、ということを示すことであった。そこで、特に「神聖法集」においては、
イスラエルが回復して生き続けるなら律法を守ることが重要である、というこ
とを繰り返し強調されている。そのために変化した社会状況に合わせるために、
昔の諸規定を解釈し発展させることもした。
 レビ記においては、神とその民とのきずなを破壊するものとしての罪と咎と
の認識が深められ、そのために犠牲の制度について熟考されている。
   5 構成
 レビ記の構成は、以下の通りである。
T、犠牲に関する法(一−七章)
 1、焼き尽くす献げ物(一章)
 2、穀物の献げ物(二章)
 3、和解の献げ物(三章)
 4、贖罪の献げ物(四・一−五・一三)
 5、賠償の献げ物(五・一四−二六)
 6、各種の献げ物の施行細則(六−一〇章)
  a、焼き尽くす献げ物(六・一−六)
  b、穀物の献げ物(六・七−一一)
  c、祭司の穀物の献げ物(六・一二−一六)
  d、贖罪の献げ物(六・一七−二三)
  e、賠償の献げ物(七・一−一〇)
 7、和解の献げ物の施行細則(七・一一−三八)
U、祭司の制度(八−一〇章)
 8、祭司の聖別の任職式(八章)
 9、アロンによる献げ物の初執行(九章)
 10、アロンの祝福(九・二二−二四)
 11、祭司ナダブとアビフの違反(一〇章)
V、汚れとその処置(一一−一六章)
 12、清いものと汚れたものに関する規定(一一章)
 13、出産についての規定(一二章)
 14、皮膚病(一三章)
 15、清めの儀式(一四・一−三二)
 16、家屋の生じるかび(一四・三三−五四)
 17、男女の漏出による汚れと清め(一五章)
 18、贖罪日(一六章)
W、神聖法集(一七−二六章)
 19、献げ物をささげる場所(一七・一−九)
 20、血を飲むな(一七・一〇−一六)
 21、いとうべき性関係(一八章)
 22、性なる者となれ(一九章)
 23、死刑に関する規定(二〇章)
 24、祭司の汚れ(二一章)
 25、聖なる献げ物(二二章)
 26、主の祝日(二三章)
 27、常夜灯(二四・一−四)
 28、十二個のパン(二四・五−九)
 29、神の御名を冒涜する者(二四・一〇−二三)
 30、安息の年とヨベルの年(二五章)
 31、偶像を拝んではならない(二六・一−二)
 32、祝福と呪い(二六・三−四六)
X、補足、「献げ物」(二七章)
   6、レビ記の神学
 レビ記は、モーセ五書の他の代表的な法集(「契約の書」二〇・二二−二三・
三三や「申命記法」一二−二六章など)と重複する律法も多く含まれている。
しかし、レビ記には独自の法的特色がある。それは、礼拝・儀式に関する法が
非常に多いということである。
 さらに、他の法集にはないレビ記に特徴的な定型句がある。例えば、「わたし
は聖なる者であるから、あなたたちも聖なる者となりなさい」という表現(一
一・四五、一九・二、二〇・二六など)、「わたしはあなたたちの神、主(ヤハ
ウェ)である」という誓いの定型句(一八・三〇、一九・三四など)、「民から
断たれる」という裁きの定型句(七・二〇、一七・四、二〇・三など)などで
ある。神とイスラエルの民との人格的関係=契約関係がすでに存在しているこ
とを示しており、レビ記の示す神と神の民=イスラエルとの契約と約束の実質
的内容は「聖なる神のイスラエルにおける内在と交わり」である。
 レビ記の主要な思想は、「聖」の概念である。「わたしは聖なる者であるから、
あなたたちも聖なる者となりなさい」というのが、レビ記のモットーである
(一一・四五、一九・二、二〇・二六)。この「聖」(コーデシュ)は、元来区
別を表した。それゆえ、他のものとは全く区別されたお方として、神が「聖なる
者」とされる。そして旧約において「聖」はこの神との関係における概念であ
る。神の臨在される土地は「聖なる地」であり、そこで悪が行われるとその地
は「汚れる」のである(一八・二四−三〇)。
 さらに、イスラエルの民は、聖なる神によって選ばれた者であるゆえに「聖
なる民」である(二〇・二六)。この聖なる神との交わりに生きるイスラエルは、
周辺の異教的宗教の生活にならってはならないのである(一八・二四)。「聖な
る者となりなさい」という勧告は、聖なる神との正しい関係を保つことであり、
神の戒めを守ることである。またそれは、祭儀を通して保たれるのである。そ
のためにレビ記においては、詳細な献げ物の規定がなされているのである。