『福音と世界』特集
 
1989年01月 「可能性に生きる」
1989年02月 「天皇制と戦争責任」
1989年03月 「経済的正義を求めて」
1989年04月 「天皇制からの脱出」
1989年05月 「子どもと教会」
1989年06月 「アジアの平和を求めて」
1989年07月 「こころの病と信仰」
1989年08月 「戦後を問う」
1989年09月 「神の宣教と伝道」
1989年10月 「日本の政治は変わるか」
1989年11月 「水・大地・人間」
1989年12月 「アジア的状況と共同体」
 
1990年01月 「正義・平和・被造物の保全」
1990年02月 「東欧の激動と教会」
1990年03月 「国境を越える思想」
1990年04月 「三・一独立運動と日韓キリスト教」
1990年05月 「象徴天皇制と大嘗祭」
1990年06月 「民衆物語の神学」
1990年07月 「いのちを分かちあう」
1990年08月 「八・一五解放ー日韓キリスト教の新視角」
1990年09月 「海外協力はこれでいいのか」
1990年10月 「女性・政治・神学」
1990年11月 「甦る天皇制」
1990年12月 「岐路に立つ」
 
1991年01月 「被造世界と人間」
1991年02月 「国家主義と人権」
1991年03月 「日本基督教団の50年」
1991年04月 「湾岸戦争と日本」
1991年05月 「来たれ、聖霊よ」
1991年06月 「アジア・日本・エキュメニカル運動」
1991年07月 「パレスチナとキリスト教」
1991年08月 「戦後日本の原点」
1991年09月 「社会民主主義の可能性」
1991年10月 「キリスト教女子教育のいま」
1991年11月 「脳死・臓器移植・われらの死生観」
1991年12月 「日米開戦50年と日本の教会」
 
1992年11月 「命の危機と宣教」
1992年12月 「アジアの平和と民衆の連帯」
1993年01月 「宣教理解の再検討のために」
1993年02月 「アメリカ教会の革新的エネルギー」
1993年03月 「宣教の主体としての女性」
1993年04月 「M・L・キング没後25年」
1993年05月 「天皇制ーその見えるもの・見えないもの」
1993年06月 「書物というメディア」
1993年07月 「ターミナル・ケアー死にゆく人々の傍らで」
1993年08月 「地には平和」
1993年09月 「破壊的カルト」
1993年10月 「新約学からのチャレンジ」
1993年11月 「移住労働者と<われわれ>」
1993年12月 「歴史の記憶と未来への責任」
1994年01月 「障害・差別・教会」
1994年02月 「激動する世界と教会の革新」
1994年03月 「新たな信徒像の模索」
1994年04月 「受難と復活のメッセージ」
1994年05月 「キリスト教主義教育の現在」
1994年06月 「聖書の象徴・信仰の言語」
1994年07月 「信仰告白とは何か」
1994年08月 「平和のために」
1994年09月 「教職像の模索」
1994年10月 「イエス論とキリスト論」
1994年11月 「イエス論とキリスト論U」
1994年12月 「クリスマスの使信」
 
 
1998年01月 「礼拝」
1998年02月 「物語の神学」
1998年03月 「地球温暖化とキリスト教」
1998年04月 「復活のいのち」
1998年05月 「社会の中で営まれる神学」
1998年06月 「同性愛と北米教会」
1998年07月 「東味さ、新しい社会の構想」
1998年08月 「平和の構想」
1998年09月 「どこで神と出会えるか」
1998年10月 「現代の倫理」
1998年11月 「不景気な時代の生き方」
1998年12月 「和解論の倫理」
 
1999年01月 「家族のゆくえ」
1999年02月 「21世紀のキリスト教と日本のエキュメニズム」
1999年03月 「新ガイドラインと日米の教会」
1999年04月 「イスラームとの対話」
1999年05月 「WCC第8回ハラレ総会の全容」
1999年06月 「理性・霊性・信仰」
1999年07月 「日本基督教団資料集を読む」・聖なるものと文学
1999年08月 「いのちと平和」
1999年09月 「現代における霊性と聖霊」
1999年10月 「神学教育における聖書学の役割」
1999年11月 「神学教育における組織神学の役割」
1999年12月 「神学教育における実践神学の役割」
 
2000年01月 「教会から神学教育に物申す」
2000年02月 「東海村臨界事故の衝撃」
2000年03月 「ヨベル=教会の『2000年問題』」
2000年04月 「介護」
2000年05月 「聖餐から倫理へ」
2000年06月 「アジア的文脈と聖書」
2000年07月 「」
2000年08月 「戦後を問う」
2000年09月 「ハワーワスの神学」
2000年10月 「グローバリゼーションに抗する対話」
2000年11月 「信仰告白と抵抗」
2000年12月 「赦しの裁き」
 
2001年01月 「創造 新しい世界の始まりと支え」
2001年02月 「女性国際戦犯法廷」
2001年03月 「聖書の読み/神学の解放」
2001年04月 「詩歌と信仰」
2001年05月 「エキュメニズムの現在」
2001年06月 「教えること・学ぶこと」
2001年07月 「宣教のパラダイム転換 ボッシュの宣教論の刊行を受け          て」
2001年08月 「ヘンな教科書!」
2001年09月 「ネイティブなエコセオロジー 地球温暖化問題との関連          で」
2001年10月 「ダリットの神学」
2001年11月 「十代の性」
2001年12月 「宣教の中のフェミニスト神学」
 
2002年01月 「イスラームとの対話」
2002年02月 「9・11以後」
2002年03月 「聖書学は必要か? 学知と解放知の切線」
2002年04月 「福音は万人のものか? 〈民衆・低み〉概念の有効性」
2002年05月 「霊性への傾斜は後退か? 祭りと戦い」
2002年06月 「日本の権力文化とは何か? 私たちの戦う相手」
2002年07月 「キリスト教は一神教か?」
2002年08月 「グローバリズムをどう見るか?」
2002年09月 「死刑廃止とキリスト教」
2002年10月 「絶えず改革される信仰告白」
2002年11月 「開発と被造世界」
2002年12月 「クリスマスの意味」
 
2003年01月 「自由の意味」
2003年02月 「東方教会の神学と霊性」
2003年03月 「牧師という仕事 第1回=牧師への召命」
2003年04月 「牧師という仕事 第2回=牧師の研鑽」
2003年05月 「牧師という仕事 第3回=牧師になるとき、やめるとき」
2003年06月 「牧師という仕事 第4回=祭司としての牧師」
2003年07月 「牧師という仕事 第5回=聖書解釈者としての牧師」
2003年08月 「牧師という仕事 第6回=説教者としての牧師1」
2003年09月 「牧師という仕事 第7回=説教者としての牧師2」
2003年10月 「牧師という仕事 第8回=バタラーとしての牧師」
2003年11月 「牧師という仕事 第9回=伝道者としての牧師」
2003年12月 「イエス物語を再話する」
 
2004年01月 「牧師という仕事 第10回=洗礼」
2004年02月 「牧師という仕事 第11回=結婚式」
2004年03月 「朝鮮半島と日本の教会」
2004年04月 「牧師という仕事 第12回=葬儀」
2004年05月 「大貫隆『イエスという経験』をめぐって」
2004年06月 「『セクハラ』裁判が問うこと」
2004年07月 「牧師という仕事 第13回=牧会者としての牧師」
2004年08月 「イエスを理解する鍵は何か」
2004年09月 「『愛』と『赦し』」
2004年10月 「『十字架』と『復活』をどう生きるか」
2004年11月 「平和憲法の危機に」
2004年12月 「クローン技術と生命の尊厳」
 
2005年01月 「ペルーから日本へ」「草の根の『解放の神学』を訪ねる
2005年02月 「尹東柱(ユンドンチュ)没後60年」
2005年03月 「《私の聖書物語》」
2005年04月 「イエスは『神の国』の何を宣べ伝えたのか」
2005年05月 「バルメン宣言の継承」
2005年06月 「『負け犬』『オニババ』考」
2005年07月 「現代における『宗教の問題』」
2005年08月 「教会史としての戦後60年」
2005年09月 「教会史としての戦後60年2」
2005年10月
2005年11月 「教育の『危機』と『希望』」
2005年12月 「沖縄とヤマト」
 
2006年01月 「聖餐論」
2006年02月 「障害の神学」
2006年03月 「キリスト教思想家としてのリクール」
2006年04月 「日本国憲法」「C・S・ルイスとは誰か」
2006年05月 「北東アジアのキリスト教」
2006年06月 「ボンヘッファー生誕100年」
2006年07月 「キリスト教美術」
2006年08月 「ニートって誰のこと」
2006年09月 「スピリチュアリティとは?」「9・11から5年」
2006年10月 「不安定化する世界」
2006年11月 「セクシュアリティとキリスト教」
2006年12月 「降誕」
 
2007年01月 「現代社会とカルト」
2007年02月 「いのちとどう向き合うか」「教育の現場に何が起きてい         るのか」
2007年03月 「日本基督教団戦責告白40年」
2007年04月 「牧師論 新たに旅立つキミに」
2007年05月 「死刑・少年法厳罰化を問う」
2007年06月 「アジア神学の現在」
2007年07月 「バックラッシュを超えて」
2007年08月 「右傾化の時代の中で」「原子力発電の現在」
2007年09月 「聖礼典としての聖餐」