SE071028     2007年10月28日   ベーツチャペル日曜礼拝
         ローマの信徒への手紙3章21−31
         「主は私たちと共にいます」
         46,9,267,286,541,交13(詩46)
 
 10月31日は、宗教改革記念日です。
今から490年前の1517年の10月31日に、マルティン・ルターは「9
5ケ条の提題」をウィッテンベルクの城教会の扉に貼り出し、それによって
宗教改革の火ぶたが切って落とされたのです。
ルターは、最初、エルフルト大学で法律の勉強をしていました。
そしてある時、雷に打たれて、死ぬような体験をし、それがきっかけで修道
僧になる決心をしました。
1505年に、ルターは、エルフルトの町のアウグスティヌス派の修道院に
入りました。
修道僧としての彼の生活ぶりは、極めて真面目で、厳しいものでした。
ルターにとって神は、その戒めを行わなければ、厳しく罰する神のように思
われました。
そこで彼は、この厳しい神の罰から何とか逃れようと、修道の生活に励みま
した。
しかし、いくら一生懸命努力して修道に励んでも、それでもって完全にはな
れず、神は益々恐ろしい神と映りました。
彼はこのような苦悩の日々を、ウィッテンベルクのアウグスティヌス派修道
院の建物の中にあった塔で過ごしていました。
そこで、この内面の苦悩の時期を、「塔の体験」と言われています。
その期間彼は、聖書を一生懸命読みましたが、特にローマの信徒への手紙を
読んで新しい信仰に到達したのでした。
それは、ローマの信徒への手紙3章21−22節に記されています。
(P.277)
 
  ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証さ
  れて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じるこ
  とにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別
  もありません。
 
ルターは、神の怒りから何とか逃れようと、一生懸命修行に励んできたので
すが、人間がいくら一生懸命努力してもそれでもって完全になれるのでなく、
救いは神の側から与えられるのだ、ということを悟ったのです。
そしてその神は、人間を厳しく罰する怒りの神ではなく、恩恵の神であって、
人間はこの神に信頼するだけでいいのだ、ということです。
これはまさにパウロの主張した信仰義認です。
宗教改革者の標語の一つに「信仰のみ」(sola fide)という言葉があります。
これは、ルターが主張したものです。
私達にとって重要なのは、神への信頼のみであって、あとはすべて恩恵とし
て与えられるのです。
 その頃、ローマ・カトリック教会は、当時の教皇レオ10世の認可のもと
ローマのサン・ピトロ大聖堂を建築するために、その資金として贖宥状とい
うものが売り出されました。
一般に免罪符と言われているものです。
この贖宥状を買えば、罪が許される、というものでした。
ルターのいたドイツにおいてもこれを上手に宣伝して売っている人がいまし
た。
ドミニコ派の僧侶のテッツェルという人は、非常に雄弁家であり、これを売
るために非常に巧みに宣伝し、多くの人がこぞってこれを買ったそうです。
彼はまず、煉獄での恐ろしさを雄弁に語ったのです。
そして人々が恐怖心を抱いている時に、次のように言ったのです。
「そもそもお金が箱の中でチャリンと音を立てさえすれば、お前たちの親戚
や友人の魂は煉獄の炎の中から飛び出すのだ」と。
恐怖心をあおられた人々は、こぞってこの免罪符を買ったそうです。
現在のカルト宗教の中には、これとよく似た勧誘が行われているものがあり
ます。
たとえば、まず家系図などによって家族に恐ろしいことが起こるというよう
なことを言って恐怖心を抱かせ、その後に高額な壺や印鑑などを買わせると
いう手口です。
 さてルターは、もはや黙って聞き流す事ができなくなり、「95カ条の提
題」をウィッテンベルクの城教会の扉に貼り出したのです。
これが、1517年10月31日でした。
この行為そのものは、当時の学者間においてよく行われていた論争の形式に
従ったもので、質問を展開し、かつ自分の見解を示しておいて、その上で論
争を求めるという学問的なやり方でした。
ルターは、このことで新しい教派を作り出そうという意図は全くなかったの
です。
ただこの提題では、終始一貫して罪の赦しは神の恵みによるのであって、免
罪符によるものでないことが主張されていました。
例えば、第6条には、「真に悔い改めるならば、キリスト教信者は、完全に罰
と罪から救われており、それは免罪符なしに彼に与えられる」とあります。
このルターの「95カ条の提題」は、ルターの予想に反して、次第に全ドイ
ツに波紋が広がり、やがてルターは教皇に破門されたのです。
やがてルターは、国会に喚問されることになりました。
友人は、ボヘミヤのフスのように火刑に処せられるかも知れないので行かな
い方がいい、と忠告しました。
しかしルターは、「わたしは逃げたり、取り消したりしない。神がわたしを強
めて下さる」と言って、国会に出て、自分の主張を堂々と述べました。
ルターは、自分を脅かす教皇の権力にもたじろぎませんでした。
これは、神に対する絶対的な信頼があったからでしょう。
教皇よりも、あるいはこの世のいかなる権力よりももっと確かなお方、万軍
の主への信頼です。
 先程歌った讃美歌267番は、ルターが作詞作曲したものです。
これは教皇から破門され、身の危険が迫っている時に作ったものです。
これは、先ほど致しました交読文13で交読した詩編46編に基づいてルタ
ーが神に対する絶対的な信頼を歌い上げたものです。
彼の説を取り下げるようにとのあらゆる脅しにも屈せず、神にのみより頼ん
だのです。
先ほどの交読文には「万軍の主は我らと共なり、ヤコブの神はわれらの高き
やぐらなり」が繰り返されています。
ルターの堅い信仰が、この讃美歌267番に歌われています。
 ところで、この詩編46編も、何かの事件が背後にある、と言われています。
それは、紀元前701年に、アッシリアの王センナケリブがユダに攻めて来て、
多くの町々が占領された出来事です。
その時、エルサレムの町もアッシリア軍によって完全に包囲されましたが、
何か不思議な事が起こってアッシリア軍は急遽退却し、エルサレムは奇跡的
に助かりました。
恐らく、この出来事がこの詩編46編の背後にあると思われます。
先ほどの交読文の3−4行目の所に
 
  さればたとえ地はかわり、
  山は海のもなかに移るとも、われらは恐れじ。
 
とありました。
また11−12行目の所には、
 
  もろもろの民はさわぎたち、もろもろの国はうごきたり
  神その声をいだしたまえば、もろもろの国はうごきたり
 
とありました。
ここには、天変地異、あるいは戦争による激動があります。
戦争が起こった時の動揺、敵が攻めて来た時の恐怖は、想像を絶するものです。
4行目で、「山は海のもなかに移るとも」と言われているのは、大地震のこと
かもしれません。
「山」というのは、動かないもの、泰然としているものです。
しかし、大地震によってそれが海の中に移るというのです。
もしそんな大地震がくれば、私達はあわてふためくでしょう。
12年前の阪神大震災においても、山は動かなかったでしょうが、大きなビ
ルが倒れたり、高速道路が倒れたり、想像もしないことが起こりました。
私達も大地震の恐ろしさというものを実感しました。
 しかし、私達を恐れさせているのは、そのような戦争とか、天変地異だけ
ではありません。
私達の人生においても、いろいろな時に動揺や恐怖があります。
むしろ不安、動揺、激動の連続なのではないでしょうか。
ちょっとしたことで動揺し、中々落ち着いた気持ちになれません。
しかしこの詩人は、「さればたとえ地はかわり、山は海のもなかに移るとも、
われらは恐れじ」と言っています。
それは、この詩人は、神が常に共におられる、と確信していたからです。
一番最後の行に、
 
  万軍の主は我らと共なり、
  ヤコブの神はわれらの高きやぐらなり。
 
とありました。
この神こそが、私達の助けです。
アッシリアの軍隊がエルサレムを攻めに来た時、時の王ヒゼキヤはエジプト
の軍隊に頼ろうとしました。
しかし預言者イザヤは、エジプトの軍隊に頼ってはならない、エジプトはは
なはだ頼りにならない、恐れることなく、ただ主にのみ頼れ、と言いました。
9−10行目には、
 
  神その中にいませば、都はうごかじ、
  神は朝つとにこれを助けたまわん。
 
とありました。
「朝」は攻撃が開始される時です。
エルサレムは、アッシリア軍に包囲されていました。
朝になると、軍隊は攻撃を開始します。
しかし神は、それに先立ってエルサレムを守られました。
事実アッシリア軍は、突然包囲をといて退却して行ったのです。
そこに何が起こったのかは分かりません。
しかし、この詩人は、そこに主の不思議な業を見ました。
下から4行目には、
 
  きたりて主のみわざを見よ、
  主は多くの恐るべきことを地になしたまえり、
 
とあります。
私達は、大きな不安に陥った時、動揺した時、神の存在を疑うことはないで
しょうか。
こんなに苦しんでいるのに神は助けてくれない。
神は本当にいるのであろうか。
いっそのこと神以外のものに頼ろう、と考ることはないでしょうか。
しかしそれら一切は無駄です。
神は決して存在しないのではありません。
この苦しみの真っ只中に、神は生きて働いているのです。
この詩人は、2行目で「なやめる時のいと近き助けなり」と言っています。
たとえ地が変わっても、山々が海に移っても、その地や山を創造された方は、
永遠に変わることはありません。
天地万物の創造者なる神こそ、私達の助けであり、私達が絶対に信頼すべき
ものです。
この詩人は、「神はわれらの高きやぐらなり」と言っていますが、やぐらとは
非常に堅固なことを意味する比喩です。
この非常に堅固なやぐらである主にこそ私達は信頼すべきです。
宗教改革は、神に対する信頼を取り戻す運動だと言っていいかもしれません。
ルターは、当時の世界で、教皇が神に取って代わられたことを改革しようと
しました。
神に信頼するのでなく、免罪符を買うことによって罪が赦される、というこ
とに反対しました。
キリスト教会も、歴史において誤った方向に行く場合があります。
神の代わりに、教会の制度や、伝統や、偉大な人物といったものが重要にさ
れ、神の位置に置かれるようになったりします。
しかしそれによって神に対する信頼が失われてはいけません。
もしそうなれば、改革されねばなりません。
しかしそれは、この世の改革のように自分勝手なもの、主観的なものではい
けません。
それは聖書のみ言葉に立ち帰ることです。
聖書の言葉は、私たちに大きな力を与えてくれます。
マルティン・ルターは、聖書を非常に大事にしました。
特に苦しんでいる時に、大きな力を与えてくれる、と言うことを実際に経験
しました。
そこで彼は、宗教改革をした時に、一番最初にしたことは、聖書の翻訳でし
た。
当時聖書は、ラテン語のものしかなく、一般のドイツ人は自分で聖書を読む
ことができなかったのです。
ルターは、聖書をドイツ人ならだれでも読むことができるようにとドイツ語
に翻訳しました。
そのルター訳聖書は、今でも使われています。
そこで多くの人が聖書を読むことができるようになったのです。
私たちも、悩みの時に、神が共にいて下さることを信じ、また聖書のみ言葉
に信頼したいと思います。