1995年6月11日     マルコによる福音書10章13−16節
           「子どもの祝福」
 
 6月の第二日曜は、日本基督教団の暦では、「花の日・子供の日」に当た
っています。
そこで今日は、美しい花を見ながら、この自然に豊かに恵みを与えて下さっ
た神に感謝を捧げると共に、同じ神が子供たちをも豊かに祝福して下さるこ
とを覚えたいと思います。
 13節。
 
  イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子た
  ちはこの人々を叱った。
 
ここで、「人々が子供たちを連れて来た」と記されています。
この人々がだれなのか、その子供たちがだれの子供なのか、また何人いたの
か、といったことは何も記されていません。
イエスの周りには、実に色々な人が集まってきました。
当時のユダヤの社会で市民として認められていた人々だけでなく、否むしろ
当時の社会からは軽視ないし無視されていた人々も多く集まりました。
病人とか女性とかあるいは当時の社会でつまはじきにされていた徴税人や罪
人、そして子供たちもしばしばイエスの周りに集まりました。
子供は、当時のユダヤ人の社会では、何ら重要視されない、無視された存在
でした。
それは、子供はまだユダヤ教の律法を守ることができない存在であったから
です。
そのような当時に全く無視されていた子供をイエスは重要視したのです。
 さて、今日のところで、人々が子供を連れて来たのは、イエスに触れてい
ただくためだ、とあります。
恐らくこの人々というのは、田舎の素朴な人々で、イエスの評判を聞きつけ
て、イエスに触れていただいたら何かいいことでもある、と単純に思ったの
でしょう。
彼らはイエスが病人に触れたら病が癒された、というような評判でも聞いた
のでしょう。
いわば、御利益的な思いから、わが子をイエスに触れて頂こうとしたのでし
ょう。
 しかし、それを見て、弟子たちは「叱った」とあります。
その弟子たちの気持ちも分からない訳ではありません。
この前の所では、イエスはファリサイ派の人々と離婚について論争していま
す。
そして、この次の所では、イエスは金持ちの男と永遠の命をめぐって話をし
ています。
いずれも、真剣な問題です。
そのような重要な問題を論じている時に、それを邪魔するかのごとく、子供
たちがドヤドヤと入って来たのです。
弟子たちには、せっかく真剣な問題を論じている所に、先生にそんなことで
煩わせたくない、という思いがあったのでしょう。
 この「子供たち」と訳されている語は、ギリシア語ではπαιδιονと
いう語です。
これは、新生児に使われることもあれば、また12歳の子に使われることも
あります。
従って、この語は、かなり幅のある年齢の子供を指しています。
そこで、ここでイエスの所に連れて来られた子供は、赤ちゃんであったの
か、あるいはもう思春期になる位の子であったのかは、分かりません。
あるいは、子供たちと複数になっているので、年齢の違う子がいたと思われ
ます。
突然の子供たちの登場は、弟子たちには、余計なことであり、そのような子
供たちがイエスの邪魔になると思ったのでしょう。
 しかし、イエスの態度は、弟子たちとは対照的です。
14節。
 
  しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちを
  わたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのよう
  な者たちものもである。
 
ここでイエスは、「憤った」とあります。
勿論、弟子たちの態度に対してです。
弟子たちは、むしろイエスのためを思ってそんなことをしたのです。
すなわち、忙しいイエスにそんな子供にかかづらわせてはいけない、と配慮
したのです。
しかしそれは、イエスのみ心とは全く違っていたのです。
この「憤り」というのは、非常にきつい語です。
激しい怒りを表します。
そして、この語がイエスに言われているのは、ここだけです。
同じ記事を伝えているマタイによる福音書とルカによる福音書では、この動
詞は省かれています。
このような感情的なことはイエスにふさわしくない、と考えて省いたのかも
しれません。
しかし、マルコによる福音書が最も古いテキストなので、元来は「憤った」
という語があったのでしょう。
ここには、子供たちに対するイエスの愛と、子供たちを軽んじる弟子たちに
対する非難が表されています。
そしてイエスは、「神の国はこのような者たちのものである」と言っていま
す。
 これは一体どういう意味でしょうか。
子供は汚れがなく、純粋であるから神の国にふさわしい、と言っているので
しょうか。
しかし、子供も結構いじわるをしたり、悪いことを考えたりします。
最近では、子供のいじめが社会問題になっています。
必ずしも子供は罪がない、純真だとは言えません。
 ここでイエスは、子供には罪がない、と言って評価しているのではありま
せん。
そうではなく、子供は全く無力な存在だ、ということです。
当時のユダヤ人の一般的な判断によると、子供は律法については無知であ
り、それゆえに律法に照らして神の前に自分を主張できない存在です。
従って、子供は、自分に誇るべき何物もないのです。
もし、親や大人の庇護がなければ、子供は非常に惨めな存在です。
それゆえに、いつの時代にも、子供が受難を受けています。
現在、世界の多くの地で紛争が起こっています。
そして、このような紛争で一番犠牲になるのが、子供であると言われていま
す。
このような戦いにおいては、やはり何の力もない、子供が真っ先に犠牲にな
るのです。
また、平和の国においても、最近では、特にアメリカあたりで、幼児虐待が
行われており、世界的に大きな問題となっています。
そのような中で、「子どもの権利条約」が言われています。
最も信頼すべき親に虐待されたら、子供は一体だれに頼ればいいのでしょう
か。
こういうことが、益々増えているという嘆かわしい現実があります。
 子供というのは、そのように本質的に全く無力な存在なのです。
主イエスは、その自らに何の誇るべきもののない、弱い存在である子供を受
け入れ、愛し、祝福したのです。
 ここで主イエスが子供を祝福したのは、子供の側にそれにふさわしいもの
があるからではありません。
それは神の徹底的な恵みの賜物にほかなりません。
神の一方的な恵みです。
ここで主イエスは、数人いたであろう子供を一人ひとり吟味して、この子供
には祝福を与え、他の子供には祝福を与えなかったというのではありませ
ん。
全く無条件に、どんな子供も受け入れ、等しく祝福しているのです。
勿論ここで、子供たちは、初対面のイエスに対する信仰などはもっていなか
ったでしょう。
子供たちの側に何か祝福に足るものをもっていたからではなく、全く無条件
に主イエスは彼らを祝福したのです。
これは、当時のユダヤ教からは、考えられないことでした。
当時のユダヤ教は、功績主義、律法主義でした。
祝福を受けるには、その人に何らかの功績なり、資格なりが必要でした。
従って、律法を忠実に守り、自分に資格があると思う人は、自分を誇り、資
格のない人を見下げていたのです。
子供は当然、大人のように律法を忠実に守ることができなかったので、低く
見られていたのです。
主イエスは、そのように当時の社会において低く見られていた人にあえて近
付き、交わりをもたれたのです。
それは徴税人であり、病人であり、女性であり、子供でした。
イエスの譬話においても、軽視されていた人を捜し出すようなものが多くあ
ります。
例えば、99匹の強い羊を野原に残して、迷いで出た弱い一匹の羊を必死に
なって探す、羊飼いの話しです。
また、だれにも雇ってもらえず、一日中市場に突っ立っていて、やっと夕方に
なって雇われたぶどう畑の労働者の話しです。
このような人たちは、当時の社会では落ちこぼれであり、皆から無視された
存在でした。
しかし、主イエスは、このような無力な人を受け入れ、愛されたのです。
 15節。
 
  はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、
  決してそこに入ることはできない。
 
果たして、子供は神の国を受け入れたのでしょうか。
子供の側が受け入れたのではなく、受け入れたと見なされたのです。
イエスの側が一方的に子供を神の国に受け入れて下さったのです。
ただ、こういうことは言えると思います。
子供は全く無力です。
従って、常に親に頼ります。
このことと、自分に誇るべきものがない者は、神に頼らざるを得ない、とい
うことと比べているのです。
自分に誇るべきものを持たない人は、神に頼らざるを得ません。
主イエスは、ファリサイ派の人や律法学者とよく衝突をしましたが、彼らは
律法を忠実に守っているという自負心を常にもっていました。
自らの功績によって、神の国に入れる、と思っていたのです。
しかしそれは、本当は神の国から遠いのです。
 私達はどうでしょうか。
何か誇るべきものをもっているでしょうか。
この世的なものを誇るとすれば、それは実ははかないものなのです。
私達も実は、本当は無力なものではないでしょうか。
本当は、何も誇るべきものはないのではないでしょうか。
ただ神に頼るしかない存在ではないでしょうか。
そしてそういう姿を謙虚に認めるならば、私達はかえって神の国に近いので
す。
私達も、子供のように、神の国を素直に受けいれる者でありたいと思います。