2004年4月4日 室町教会朝の礼拝
マルコによる福音書15章33−41節「この人は神の子だった」
今週は、主イエスが十字架の苦しみに遭われた受難週です。
主イエスの御受難を覚えつつ、日々と過ごしたいと思います。
この受難週の日曜日に(すなわち今日ですが)、主イエスはろばの子に乗って
エルサレムに入城されましたが、その時多くの群衆がなつめやしの枝を持っ
て歓迎した、とあります。
そして、木曜日の夜、弟子たちと最後の晩餐を取られ、その後ゲッセマネの
園で一生懸命祈られました。
その後、イスカリオテのユダに先導された祭司長たちに捕らえられ、直ちに
大祭司の屋敷に連れて行かれ、最高法院で裁判を受け、その後総督ピラトの
所に連れて行かれ、そこで十字架刑の判決が下されました。
5日前になつめやしの枝を持って大歓迎した民衆も、この時は「イエスを十
字架につけよ」と叫んだのです。
そして金曜の朝、ゴルゴタ(「されこうべ」という意味)まで十字架を背負っ
て、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)を歩かれ、午前9時頃に十字架につ
けられました。
そして、午後の3時頃に息を引き取られました。
ですから、主イエスが十字架にかけられていたのは、約6時間ということに
なります。
十字架刑は非常に過酷な刑ですが、頑強な人なら二日でも三日でも十字架上
で苦しみながら生きながらえた人もいたようです。
それから比べると、主イエスは短い方だったかも知れません。
さて、主イエスが十字架にかけられて3時間ほどたった頃に、地上が暗く
なった、とあります。
33節。
昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。
真昼なのに、3時間ほど暗くなった、というのです。
これは一体何を意味するのでしょうか。
この日がちょうど日食に当たっていたのだ、という説明もありまが、はっき
りしたことは分かりません。
しかしこれは、何かの自然現象であったというのでなく、一つの象徴が意図
されているように思われます。
すなわち、暗黒は神の裁きの象徴なのです。
そこでここでは、主イエスが神の裁きによって死なれた、ということが意味
されているのです。
しかしながら、この裁きは本来、私たち罪人が受けるべきものです。
主イエスは、神に対して何ら罪を犯さず、最後まで神に忠実に従われました。
しかし、神は私たち人間を救うために、あえて罪のないイエスを私たちの代
わりに裁かれたのです。
このことを、「全地は暗くなり」ということで言い表されているのです。
さらにこの暗闇は、大いなる救いの出来事の起こる前触れでもあります。
イスラエルの民が、モーセに率いられて、奴隷の国エジプトから脱出する時
は、暗い真夜中でした。
神は、この暗闇の中で、エジプトの国にいるすべての初子を撃たれたのです。
そうして、イスラエルの民は、エジプトから脱出することができたのです。
38節には、もう一つ象徴的なことが言われています。
すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。
これは地震によってこうなったのだという説明もありますが、そうではなく
やはり象徴的なことが言い表されていると思います。
この「神殿の垂れ幕」というのは、エルサレム神殿の一番奥の至聖所の入り
口の幕のことです。
この至聖所には誰も入ることができず、年に一回だけ大贖罪日に、大祭司が
犠牲の血を携えて、執り成しの祈りをするためにはいるだけでした。
しかし、その垂れ幕が裂けたということは、そのような犠牲の血も、大祭司
の執り成しも必要でなくなった、ということが意図されています。
すなわち、主イエスの犠牲の血が捧げられた今、そのようなユダヤ教の犠牲
は必要でなくなった、ということです。
私たちは、ユダヤ教の大祭司の執り成しではなく、イエス・キリストの執り
成しに預かっているのです。
34節。
三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」
これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と
いう意味である。
「十字架上の七言」といって、主イエスは十字架の上から7つの言葉を語ら
れたとされていますが、これはその最後の言葉です。
そしてこれは、詩編22編からの引用です。
この詩編22編の著者は、神に見捨てられたと思われるほどの大きな苦しみ
に遭いながら、なお神への信頼をこの詩で歌っています。
ですから、この詩は、決して絶望を言い表したものではありません。
現にこの詩の中で、詩人は何度も神を誉め称え、また他の者にも主に信頼す
るようにと勧めているのです。
例えば、25節に於いて、
主は貧しい人の苦しみを
決して侮らず、さげすまれません。
御顔を隠すことなく
助けを求める叫びを聞いてくださいます。
と言っています。
主イエスが十字架上で叫ばれた「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」だけ
を聞けば、絶望状況の叫びであると思われるかも知れませんが、決してそう
ではなく、主イエスはこの言葉でもって、詩編22編の全体を思われたので
す。
まさに最後の最後まで、主を信頼されたのです。
さて、主イエスが「エロイ、エロイ」と叫ばれたのを聞いた周りの人々は、
エリヤを呼んでいるのだと思ったとあります。
エリヤは、列王記に登場する紀元前9世紀の預言者です。
彼は最後は死んだとは言われずに、生きたまた天に上げられた、と言われて
います。
そしてイエスの時代には、天に昇ったエリヤが再び降りてきて、苦しんでい
る人々を助けると信じられていたのです。
ここでもイエスが十字架上に死のうとしているのを助けに来てくれるとかす
かに期待した人もいたようです。
36節には、そこにいた人が
待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう
と言ったとあります。
しかしエリヤは来ませんでした。
37節には、
しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。
とあります。
主イエスはとうとう死なれたのです。
十字架にかけられてから6時間の後、何の奇跡も起こらず、割とあっけなく
死なれたのです。
40節には、十字架にかけられていたイエスを見守った女性たちのことが記
されています。
そして41節をみると、この女性たちはガリラヤから従ってきたとあります。
ガリラヤからエルサレムまでは200キロ位あります。
そんな遠いところまで彼女たちがイエスに従ってきたのは、ガリラヤにおけ
るイエスの活動が非常に力強かったからでしょう。
その話に多くの人が感動し、またいろんな病気の人を癒されました。
2匹の魚と5つのパンで5千人もの人を養ったこともあります。
結婚式において水を上等のぶどう酒に変えたこともありました。
彼女たちは、このような偉大なイエスが、たとえ十字架にかけられたとして
も、何か不思議なことをするに違いないと期待しながら、十字架を見守って
いたのではないでしょうか。
しかし今、普通の人と変わらずあっけなく死なれたのです。
彼女たちはがっかりしたのではないでしょうか。
死というのは、すべての終わりです。
どんなに力のある人でも、死ねばその力はなくなります。
どんなに頭脳明晰な人であっても、死ねばその頭脳は終わりです。
どんなに才能のある人でも、死ねばその才能も失われてしまいます。
しかし、主イエスの死は、そうではありません。
死がすべての終わりになるのではなく、そこから新しい力、新しい希望が生
じたのです。
これがまさに奇跡です。
あっけなく死んだと思われたイエスの死は、大いなる希望の始まりだったの
です。
それを正確に見て取ったのは、百人隊長でした。
39節。
百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスが
このように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だっ
た」と言った。
百人隊長というのは、ローマ軍の文字通り百人からなる軍隊の隊長でした。
ローマ帝国は、非常に整備された軍隊の組織を形成しており、25の軍団
(レギオン)があったと言われています。
そして1軍団は百人隊が60,すなわち6千人で形成されていました。
当時25の軍団のうち4個がシリアに配備されていたということです。
そのうちのいくつかの百人隊がシリアからさらにエルサレムに送られていた
のでしょう。
百人隊長は、ローマ軍の厳しい訓練を受けた者で、占領地の治安のために遣
わされていたのです。
主にローマに反乱を起こす者を取り締まり、反逆者を処刑にしていたのです。
従って、十字架の光景はよく見ていたものと思われます。
しかし、このイエスの死の光景を見て、「本当に、この人は神の子だった」と
言ったというのです。
恐らくこの人は、今までイエスに会ったことも、イエスの話を聞いたことも
なかったでしょう。
そして総督ピラトによって十字架刑の判決が下されたということは、イエス
はローマに対する反逆者とされたということで、それを取り締まる百人隊長
にとっては当然いい感情は持っていなかったでしょう。
しかし、約6時間、十字架上のイエスを見守っている間に、この人は神の子
であると思うようになったのです。
イエスに会ったこともなく、イエスの話を聞いたこともなく、またイエスの
数々の奇跡のことも全く知らなかったこの男が、なぜイエスを神の子だと思
ったのでしょうか。
ガリラヤから従ってきたイエスの信奉者でなく、イエスを十字架にかけたロ
ーマの兵隊が、イエスのことを正確にみたのです。
これは不思議なこととしかいいようがありません。
これは理屈では分かりませんが、とにかくこの異教徒である百人隊長はイエ
スを神の子と信じたのです。
信仰は理屈ではありません。
一種の直感のようなものかも知れません。
聖書を何年勉強しても信仰に至らない人もいれば、一回説教を聞いてすぐ信
仰を持つ人もいます。
この百人隊長は、この後者に属する人であったようです。
元々信仰を持つ素質のあった人かも知れません。
この人がその後どうなったかは分かりませんが、一説によると、その後キリ
スト教の信仰を持ち、ローマに帰ってローマで伝道したとも言われています。
イエスの死と復活の後、キリスト教はローマ世界に広く伝えられました。
これは十二弟子やパウロの伝道によるところが大きいのですが、それだけで
はなく、いろいろな形で主イエスに出会った人が、それぞれのところでキリ
ストを伝えたのです。
この百人隊長も、ローマで伝道したというのはありそうなことです。
彼は、最後の最後にイエスが十字架で死んでいくのを見て、神の子と信じた
のです。
これはただの直感というよりは、聖霊の働きではないでしょうか。
信仰を持つというのは、単なる人間の直感というのでなく、聖霊の働きなの
です。
十字架に死んだイエスが神の子であるというのがキリスト教の中心的な信仰
告白です。
この神の子の死によって、私たちの罪が贖われたのです。
これは神の私たちに対する大いなる恵みです。
私たちは、主イエスの死を覚えると共に、神によって与えられた大いなる恵
みに感謝を捧げたいともいます。