2002年2月24日 室町教会朝の礼拝
マルコによる福音書3章13-19節 「十二弟子の選び」
13節。
イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそば
に集まって来た。
この「山」がどこの山か詳しい説明はありません。
聖書において「山」は、しばしば祈りのために退く場所であり、また神の啓
示が行われる場所でした。
モーセはシナイ山で神に出会い、啓示を受け取りました。
預言者エリヤも、神の山ホレブで神と出会いました。
主イエスは、弟子たちと特別な交わりの時をこの山の上で持ち、他の所では
隠しておられたキリストとしての主権をこの山の上でだけは表されました。
そして今日のテキストにおきましては、12人の弟子たちをこの山の上に
呼び寄せられた、というのです。
主イエスは、なぜ弟子たちを召し集められたのでしょうか。
そして、その人数がなぜ12人だったのでしょうか。
弟子たちは、果たして主イエスの働きの助けとなったのでしょうか。
かえって足手まといとならなかったでしょうか。
弟子の筆頭であったペトロは、主イエスが捕らえられた時、怖さの余り「あ
んな男など知らない」と3度も否定しました。
ゼベダイの子のヤコブとヨハネの兄弟は、「イエスが未来の王になった時に、
ひとりを右に一人を左に座らせてほしい」と言って権力の座につこうとしま
した。
また、トマスは、主イエスが復活したことを他の弟子たちに聞いた時、「わた
しはその手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとに差し入れ、また私の手
をその脇に差し入れてみなければ決して信じない」と言って不信仰を表明し
ました。
そのように、12人の弟子たちは、すべて欠けだらけの弱い人間でした。
そして、彼らは誰もイエスの信奉者ではありませんでした。
さらに、イスカリオテのユダのようにやがてイエスを裏切るような人物も弟
子に含まれていたのです。
しかし、13節を見ますと、「これと思う人々」と言われています。
新改訳聖書では「御自身のお望みになる者たち」と訳されています。
そしてこの訳の方がいいと思います。
主イエスにとって、余り役に立たない者、しかも自分を裏切ることさえする
者がいても、それを「御自身のお望みになる者」と言われています。
12人が山に集められた記事は、教会の姿が暗示されているのではないで
しょうか。
私たちの教会も、一人ひとりを取ってみれば、やはり弱い、欠けの大い、そ
してある場合にはイエスを裏切ることさえする者であるかも知れません。
しかし主イエスは、こういう私たちをも「イエスのお望みになる者」として
集めてくださっているのです。
さて、主イエスが十二弟子を山に集められたのは何のためだったでしょう
か。
14-15節には、次のようにあります。
そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置
くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるため
であった。
ここでまず、「自分のそばに置くため」とあります。
主イエスと共にある光栄に与らせるためです。
この十二弟子がどういう基準で選ばれたのかということは全く分かりませ
ん。
それは、この12人の人物が特に優秀だったからと言うのでは決してありま
せん。
それは、イエスの方からの全くの一方的な選びでした。
私たちも、キリスト者として召し集められているのは、私たちに何かそれに
ふさわしい理由があるからではありません。
神の一方的な選びです。
私たちは、この恵みに与っているのです。
まず最初に挙げられているのは、シモン・ペトロです。
元々の名前は、シモンであり、漁師をしていました。
このシモンにイエスは「ペトロ」というあだ名を付けられたのです。
これは「岩」という意味です。
しかし、これは彼の性格からつけられたのではありません。
すなわち、彼が岩のごとく、しっかりした性格の持ち主であった、というの
ではありません。
イエスが逮捕された時は、怖さの余り「あんな人は知りません」と3度もイ
エスを否定した弱い存在でした。
しかし、彼はある時、イエスのことを「あなたこそ、生ける神の子キリスト
です」と告白しました。
この信仰告白に対してイエスは「岩」と言われたのです。
そしてイエスは、この信仰告白の土台の上に教会を建てようと言って、ペト
ロと名付けられたのです。
次はゼベダイの子ヤコブです。
ヤコブという名の弟子はもう一人おり、18節にアルファイの子ヤコブが言
われています。
二人を区別するために、ゼベダイの子を大ヤコブ、アルファイの子を小ヤコ
ブということもあります。
このゼベダイの子のヤコブもガリラヤの漁師で、ヨハネと共に召命を受けました。
このヤコブとヨハネの兄弟には、「ボアネルゲス」というあだ名が付けられま
したが、これは「雷の子ら」という意味です。
これは両者とも、激しい気性の持ち主だったからのようです。
この二人は、権力欲が強くて、イエスが王になったら、その次の位につけて
くれるように頼んでいます。
使徒言行録12章2節の記事に拠りますと、ヤコブは紀元44年に,ヘロデ・ア
グリッパによって殺されています。
そこで彼は、十二使徒の中の最初の殉教者となりました。
伝説に拠りますと、エルサレムで首をはねられたヤコブの遺骸がスペインのコンポ
ステーラという所に運ばれ、墓に納められた、ということです。
聖ヤコブは、スペイン語で「サンチャゴ」と言いますが、サンチャゴ・デ・コンポステー
ラは、中世以来カトリック教会の三大巡礼地とされてきました。
次のアンデレは、ペトロの兄弟でしたが、他の所でにはほとんど出てきま
せん。
影の薄い人物だったようです。
フィリポは、共観福音書で他には出てきません。
しかし、ヨハネによる福音書にはしばしば登場し、最初はバプテスマのヨハ
ネの弟子であったようです。
バルトロマイはここだけにしか出ません。
アンデレと同様、影の薄い存在だったようです。
マタイは徴税人でした。
トマスは共観福音書ではここだけにしか出ませんが、ヨハネによる福音書
では4カ所に出ます。
イエスと双子であったという伝説もあります。
理性的で実証的だったので、イエスの復活を他の弟子から聞いても信じませ
んでした。
アルファイの子ヤコブは、このリストにしか出ません。
タダイはルカによる福音書の方では「ヤコブの子ユダ」と言われていま
す。
しかし、他の箇所には出ません。
次は熱心党のシモンです。
熱心党というのは、ゼロテ党とも言われますが、これは反ローマ運動のグル
ープで、イスラエルの自由をローマ人から武力で戦い取ろうとしていた革命
分子です。
最後はイスカリオテのユダです。
彼は弟子集団の会計を任されていて、イエスより重視されていた人物です。
イスカリオテというのが何のことかははっきりしません。
これは、ラテン語の「シッカリ」と関係があるかもしれません。
「シッカリ」は、短剣のことで、当時短剣を懐に隠し持って、大通りでロー
マ人や親ローマのユダヤ人を暗殺していたグループがいました。
イスカリオテのユダは、そういうグループと関係があったのかも知れませ
ん。
こう見てきますと、ここに呼び寄せられた人たちは、実に種々さまざまな
人たちです。
育ちも、教養も、考え方も、政治的立場も、てんでばらばらです。
徴税人もいれば、熱心党もいました。
徴税人は、ローマに納める税をローマの手先になって民衆から取り立ててい
た人です。
しかし熱心党は、そのローマに対して抵抗運動を行っていた人です。
両者は正反対の立場にありました。
激しい者、活動的な者もいれば、全く影の薄い者もいました。
しかし、主イエスは、このようなさまざまな人々を弟子として呼び寄せ、
しかも「これと思う人々」、すなわち「イエスの望まれた人々」とされたので
す。
そして、この雑然として人間的なあらゆる弱さを含んだ12人の集団は、私
たちの教会の縮図である、と言っていいでしょう。
教会に集まる人も決して一様ではありません。
種々さまざまな人たちがいます。
環境も違えば、考え方、立場もいろいろです。
しかし、このような私たちも、イエスの「お望みになる者」として主に集め
られているのです。
しかし私たちは、主イエスによって選ばれ、集められた者ですが、それは決
して私たちの側に何らかの理由があるからではありません。
むしろ私たちは、多くの欠けを持った者です。
信仰的にも弱い者です。
ただ主が呼び集めてくださったからイエスの「お望みになる者」なのです。
私たちは、ただ主の恵みを受けているだけです。
主が私たちを呼び集める目的は二つあります。
すなわち、「そばに置く」ことと「宣教に遣わす」ことです。
ここの「山」は教会と言ってもいいでしょう。
主イエスは、山に登って弟子たちを呼び寄せた、とあります。
私たちも、キリストによって、教会に呼び寄せられているのです。
教会においてキリストのそばに行き、キリストと親しい交わりに入れられる
のです。
キリストのそばに行き、キリストの御心を教えられるのです。
十二弟子は、主イエスのそばで神のことについていろいろ教えられました。
深い真理を教えられました。
教会もそのような場所ではないでしょうか。
礼拝において、また聖餐式において、キリストと親しい交わりに入れられ
て、キリストの意志というものをだんだんに知らされていきます。
一度にすべてが分かる訳ではないので、1週間に1度集められるのです。
「宣教」というのは、その山から下に降りて行って、キリストのことをそ
れぞれの場所で宣べ伝えることです。
山から今度は散らされていくのです。
日曜日に教会に集められ、そして月曜からはそれぞれの場に散らされて、そ
してそこでキリストを証していくのです。
この12人というのは、象徴的な意味があります。
イスラエルは、12の部族で構成されていました。
従って、12の部族ということでイスラエル全体が意味されました。
この12人の弟子は、全体の代表者であって、やがて全世界に遣わされたの
です。
ペトロはローマに伝道し、そこで殉教したと言われています。
ゼベダイの子ヤコブは、ガリラヤの教会の指導者となり、ヘロデ・アグリッ
パによって殺されました。
ヤコブの兄弟ヨハネは、トラヤヌス帝の迫害の時に、伝道していたローマ帝
国内で死んだ、と言われています。
マタイもトマスもインドまで伝道したという伝説もあります。
インドには今でもトマスの教会があります。
詳しく分かっていない弟子たちも、それぞれの場所でキリストを伝えていっ
たことでしょう。
私たちは、そんな遠くまで出掛けていく訳ではありませんが、しかし私た
ちの日常暮らしている社会は種々様々なところです。
そしてそれぞれの場所で、何らかの形でキリストを証しているのです。
弟子として呼び寄せられたのは、何か特権が与えられるためではありませ
ん。
ヤコブとヨハネの兄弟は、やがて左大臣と右大臣にしてもらえるという希望
を持っていたようですが、主イエスの教えられたのは「互いに仕える」とい
うことでした。
主イエスは、最後の晩餐の時に自ら弟子たちの足を洗って、このことを身を
もって教えられました。
欠けの大い、資格のない私たちも、キリストの弟子として召されている訳
ですが、選んでくださった主の意志を常に問い、それに従順に従って行く者
でありたいと思います。