「預言者エゼキエルの特質」
樋口 進
木田献一先生は、その著『旧約聖書の中心』において、「旧約聖書の宗教は根本的に預言者
的な性格を持っている」と言っている。(1)そしてその場合の「預言者的」というのを、マ
ックス・ウェーバーの「倫理的預言」に基づいて説明している。M・ウェーバーは、その著
『宗教社会学』において、預言を「倫理的預言」と「模範的預言」に分けている。そして彼は、
倫理的預言は、「もっぱら西南アジアの預言に、しかも民族の区別なく見られる」と言ってい
る。(2)もちろん、旧約の預言者もこれに入る訳である。そして彼は、「倫理的預言」の特
質として、次のように言っている。「倫理的預言では、預言者は、神の委託を受けて、その神
の意志を−−具体的な命令であれ、抽象的な規範であれ−−告知する道具となり、そしてこ
の委託にもとづく倫理的義務として服従を要求する。」(3)このマックス・ウェーバーの所
論に基づいて、木田献一先生はさらに預言者の特質について次のように言っている。「預言者
的宗教の根本的な特色は、この世界を超える超越的な神が、究極的にはこの世界を支配して
いるという信仰にある。神の支配、神の主権は、危機的な場面において、預言者的人物を通
して啓示され、この世の権力の下に苦しめられている人々を解放し、救済する。」(4)これは、
旧約の預言者の特質を非常によく表していると思う。 職業的預言者とは区別されたいわゆる
「正典的預言者」は、(5)だれ一人自ら進んで預言者になった者はなく、普通の職業について
いた者たちである。それがある時突然、神の側からの啓示の体験を通して、いわば強制的に
預言者とされたのである。(6)預言者たちにとって、啓示体験は決定的な出来事であったと思
われる。木田献一先生も、「倫理的預言の根本的特色は、このように超世界的な人格的、倫理
的な神の啓示を受領し、その召命を受けることにあった」と言っている。(7)
旧約の預言者の最大の特質は、神によって直接神の世界、神の意志を示された(啓示)、と
いうことであろう。この点、マックス・ウェーバーの「模範的預言」とは著しく対照的であ
る。この代表である仏陀は、修行を通して自らの力で救済の道を得、その道を通して人々の
模範となるのである。(8)そういう意味では特別の人物である。しかし旧約の預言者はすべて、
平凡な、むしろ力のない者があえて選ばれ、(9)神の側から神の世界を知らされ、また神の霊
が与えられ、いわば強制的に使命へと遣わされて行くのである。
アモスの場合、その伝記的記事において、(10)日常的な仕事(牧畜)をしている時に、突
然召されて、(11)隣国のイスラエルに遣わされている。ここにはアモスの反応は記されてい
ないが、仕事を放って、しかも身の危険も予想されるなかにあって、躊躇・逡巡もあったで
あろう、と思われる。しかし神による召命は、そのような個人的な事情や思いを圧倒し、使
命へと遣わされるのである。しかしその場合、「神が共にいる」という確固たる保証も与えら
れるのである。
預言者たちは啓示を受ける時、非常に深い宗教的な体験をしているのである。それは、心
理学的には異常な体験であったと思われる。ただし、彼らは多くの場合、そのような宗教的
な体験そのものを報告することは非常に少ない。彼らが関心をもったのは、もっぱら与えら
れたメッセージであって、個人的な異常な体験ではなかったからである。しかし、偶然にそ
のような体験が報告されている箇所もある。そして我々は、エゼキエルが最も多くそのよう
な体験を記している、と考える。(12)
グスタフ・ヘルシャーは、預言者を「エクスタシーに陥る者」として特徴づけ、これは二
〇世紀前半の預言者研究に大きな影響を及ぼした。(13)そもそもヘブル語の(預言者)の動
詞は、A・イェプセンによると、初期の時代は「恍惚状態に陥る」ということを意味したの
である(14)そして、古典的預言者もすべて、この「恍惚状態に陥る」という性格はあったこ
とは確かである。マックス・ウェーバーは、「心理学的にみれば、捕囚前の大多数の予言者は、
エクスタティーカーであった」と述べている。また彼は、「かれらはその私的生活行状からし
てすでに、奇人のそれであった」と述べている。(15)特に彼らが啓示を受ける時は、普通で
ない状態であり、(16)幻視、幻聴の体験をしただけでなく、時には触覚的にも(例えば、イ
ザヤ書六・七、エレミヤ書一・九)、味覚的にも(例えば、エゼキエル書三・三)異常な体験
をしたのである。(17)
「召命記事」は、預言者の宗教体験を報告するためではなく、預言を正当化するために形
成されたのであるが、それにもかかわらず預言者の深い宗教体験を垣間見ることができる。
(18)その中でも、イザヤは最も深い宗教体験をしたように思われる(イザヤ書六章)。(19)彼
は、天の会議に出て、神の世界を見るという体験をしている。(20)ただし、神を直接には見
てはいない。彼が見たのは、その衣の裾とセラフィムである。「神を見てなお生きていること
はできない」とある(出エジプト記三三・二〇)。このセラフィムは、顔は動物の顔をし、翼
のある、天において神に仕えるものと考えられていた。エゼキエルは、同じような天的存在
であったケルビムを見ている(一・五−一四、一〇・一)。イザヤは、このセラフィムの
trishagion(聖三唱)を聞いた。
聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う。(六・三)
すなわちイザヤは、ヤハウェは聖なる神だ、ということを示されたのである。
この「聖なる」という語の語源的意味については、二つの説がある。一つは、Geseniusが
その辞書で説明しているもので、バビロニアのquddushuから来ていて、「輝かしい」とか「明
るい」という意味である。(21)もう一つの説は、フォン・バウディシンの説で「分離」を意
味するというものである。(22)旧約において「聖」の概念は、神学的に一様ではない。(23)
それは、コンテキストから求められねばならない。イザヤが神の会議で示されたのは、「分
離」「区別」の意味であろう。すなわちイザヤは、ヤハウェはこの世のあらゆるものと全く区
別されたお方である、ということを示されたのである。ヤハウェは、天地万物の創造者であ
って、他の被造物とは全く区別されたお方である。そしてセラフィムの次の言葉「主の栄光
は、地をすべて覆う」というのは、ヤハウェが地上のすべてのものの支配者である、という
ことを意味している。この体験は、イザヤのその後の生涯に決定的な影響を及ぼした。すな
わち彼は、いついかなる時も、この世のいろいろな力に頼るのでなく、それらとは全く区別
され、それらを支配するヤハウェに頼るべきだ、と主張した。紀元前七三四年のシリア・エ
フライム戦争の時に「(ヤハウェにのみ頼り、)落ち着いて、静かにしていなさい。恐れるこ
とはない」(七・四)と言ったのも、七〇一年のセンナケリブによるエルサレム包囲の危機の
時に「静かにしているならば救われる。安らかに(ヤハウェに)信頼していることこそ力が
ある」(三〇・一五)と言ったのも、ヤハウェがこの世のすべてのものと全く区別されたお方
である、という確信からである。ヤハウェに比べれば、優秀なエジプトの軍事力も何の頼り
にもならないのである(イザヤ書三一・三)。そのような意味からイザヤは、ヤハウェを「イ
スラエルの聖なる方」と呼んだ。
さらにイザヤは、この召命の時に、全く区別されたお方に出会うことによって、自分の罪・
汚れに深く気づかされたのである。その時彼は、もう生きておれないと思い、それを告白し
ている。(24)しかし、彼が罪の告白をするとすぐ、セラフィムが祭壇の炭火によって罪を清
めたのである。その後、「誰を遣わすべきか」という天の会議での声を聞き、イザヤは「わた
しを遣わして下さい」と言って、預言者として立たされたのである。
これは、イザヤの非常の深い宗教体験であったが、各預言者も召命を受けた時に同じよう
な体験があったようみ思われる。ただし、そのような体験は詳しくは報告されていない。そ
れは、言葉では言い表しえない(二コリント一二・四)異常な体験であったためだけではな
く、預言者の使命は、自分の体験を述べることではなく、神によって与えられた使信を宣べ
ることにあったからである。しかし、エゼキエルにおいて、そのような異常な体験がしばし
ば報告されているのは、預言者の特質を考える点において注目すべきであると思われる。
木田献一先生が預言者の特質として指摘されているもう一つの重要な点は、預言者が危機
的な状況の中で啓示が与えられたということである。(25)その危機は、信仰的な危機も意味
されるが(エリヤの時はこれが大きい)、たぶんに政治的な危機である。マックス・ウェーバ
ーは、捕囚前の預言者を「政治的民衆扇動家(Politischer Demagog)」として特徴づけた。
そして彼は、「預言者は、かれらの祖国を威嚇する諸強国の世界政策がもしなかったら起こら
なかったであろう」と言っている。(26)モーセが召命を受けたのは、エジプトという巨大な
権力によってイスラエルの民が抑圧されていた危機の時代である。(27)イザヤが召命を受け
た「ウジヤ王の死んだ年」(六・一)は、木田献一先生によると紀元前七三九年であるが、
(28)その少し前の七四五年に、ティグラト・ピレセル三世がアッシリア帝国の王に即位した。
この王は、古代オリエントの全領域を支配下に治めようとし、その勢力をシリア・パレスチ
ナに伸ばした。この時からイスラエルは、常に大国に依存させられた歴史をたどるようにな
った。(29)従って、イザヤが召命を受けた時代は、イスラエルが滅亡の危機に直面する幕開
けとしての象徴的な年である。また、エレミヤが活動したのも、ユダ王国が滅亡の危機にさ
らわれていた時代である。そしてエゼキエルが活動したのは、エルサレムの陥落、神殿の破
壊、捕囚といった、まさにイスラエルの歴史においても最大の危機の時代であった。(30)
U
さて、我々は、以上のような旧約の預言者の特質をエゼキエルにおいて最も顕著に見るこ
とができるのである。この世界を超える超越的な神が、自らその世界(意志)を預言者に示
したが、エゼキエルはまさにそのような異常な体験をし、またそれを報告している特異な預
言者である。
ワルター・ツィンマリは、エゼキエル書の四六の単元は、 (ヤハウェの言葉が私に臨ん
だ)という定式で始まっており、五つの単元は幻の記録であって、エゼキエルは神の言葉と
幻に押し付けられた預言者だ、と言っている。(31)− という様式は、元来物語の要素であっ
た。これは、サムエル記や列王記における多くのテキストにおいて、物語の文脈で見られる
(三人称で「ヤハウェの言葉が預言者に臨んだ」、と報告されている)。そしてツィンマリは、
二次的上書きを除けば、エレミヤに至る古典的預言者にこの定式が見られない、と言う。そ
してこれは、エレミヤ書において再び現れる(一・四、一一、一三、二・一など)。そしてこ
れは、エゼキエル書において最も頻繁に現れる。エゼキエルは、神の言葉の出来事に完全に
支配された預言者である、ということが言える。
また、エゼキエルの幻の記録は、非常に詳細であり、(33)またドラマチックである。他の
預言者も幻の報告をしているが、いずれも短く静的であり、それはしばしば視覚的というよ
りは聴覚的である。アモスは幻において一籠の夏の果物を見るが これはむしろカイツとう音
声によって、イスラエルの最後(ケーツ)が連想させられたのである(アモス書八・一−二)。
同じようにエレミヤも、アーモンド(シャーケード)を見るが、その音声によって「見張り」
(ショーケード)としての預言者の職務を示されたのである(エレミヤ書一・一一−一二)。
これに対してエゼキエルの幻は、非常に克明であり、ただ幻を視覚的に示されたというだ
けでなく、その幻の中に自らも没入させられ、その幻をリアルに体験しているのである。そ
れは、心理学的にも非常に異常な体験であったと思われる。幻の体験以外にもエゼキエルに
は異常な行動が見られ、しばしば精神病理学的な研究がなされてきた。(33)彼は、嘆きの言
葉の書かれていた巻物を食べ(三・一−三)、召命を受けた後七日間ぼう然としており(三・
一五)、自らの体を縄でしばって長期間寝ており(四・八)、妻が死んでも感情のない人のよ
うに嘆かず(二四・一八)、またしばらくの間口をきくことができなかった(三・二六)。前
述のようにグスタフ・ヘルシャーは預言者を「エクスタシーに陥る者」として特徴づけ、エ
ゼキエルにおいてそれが特に顕著であると言ったが、リンドブロームも預言者の超視覚的体
験が「恍惚的幻(ecstatic visoions)」であった、と言う。(34)彼は、イスラエルの預言者
の幻は、現代の宗教心理学の光で研究されねばならない、と述べている。(35)そして、エゼ
キエルは他の預言者よりも神経症的でヒステリックであった、と言う。しかしながら、その
ような精神病理学的な分析でもって、エゼキエルの幻体験の本質を解明することはできない
であろう。ゲルハルト・フォン・ラートは、「預言者は幻視的・幻聴的状態において特別な仕
方で自分自身から解放され、神自身のパトスに結びつけられ、歴史計画の知識のみならず、
神の心の中の激情を、自分の上に担わされた」と言っている。(36)エゼキエルは、イスラエ
ル史の最大の危機の時代にあって、それだけ強烈な神の激情を担わされたために、異常な体
験をしたものと思われる。そのようなエゼキエルの幻体験を、我々は一章、八章、三七章に
認めることができる。一章の幻においては、全世界を支配するヤハウェの圧倒的な姿を示さ
れる。八章においては、イスラエルの深い罪とそれを赦すことのできないヤハウェの怒りを
示される。三七章においては、絶望状況に陥っているイスラエルを回復しようとしているヤ
ハウェの意志を示されるのである。
V
エゼキエル書一章一−三章一五節は、「召命記事」のひとまとまりの単元と見なすことがで
きるであろう。(37)しかしこれは、伝承史的に複雑な問題をはらんでいる。古典的預言者は
しばしば「召命記事」を記して、それを書の冒頭に配列した。(38)これは預言書全体を正当
化する目的があった。そしてこの単元が最終的に整えられ、書の冒頭に配列されたのが、「第
三十年」である。(39)しかしこの記事の背後には、エゼキエルが実際の召命の時に体験した
ものが基礎になっている。召命の体験自体は、「ヨヤキン王が捕囚となった第五年」(紀元前
五九三年)である(一・二)。そしてその時の記事は、もっと簡潔なものであったであろう。
(40)特に一章の記事は、後代にエゼキエル自身によって、また弟子によってかなりの加筆が
なされているように思われる。それは第一に、この部分にはメソポタミアの影響が多く見ら
れ、(41)バビロニアに移されて比較的間もない彼がそれほど多くメソポタミア的素材を受け
入れ得たか疑問だからである。
さて、エゼキエルが召命の時に実際に体験したものを再現することは、はなはなだ困難で
あるが、一節の「神の幻を見た」(42)ということと、3節の「ヤハウェの言葉が臨んだ」と
いうことが基本的な体験であったであろう。そして、神の幻の内容が四−二八節に、ヤハウ
ェの言葉の内容が二章一−三章一一節に記されている。もっとも、前述のように特に一章に
は後代の付加が多く認められるが。
ゲルハルト・フォン・ラートは、「幻と幻聴とは外から、しかも思いがけずに、完全に予測
できぬ形で預言者にやってくる」と言っている。エゼキエルはこれをケバル川の河畔で体験
した(一・一)。このケバル川は、ユーフラテス川から引かれた運河で、捕囚の民はその運河
の河畔のテル・アビブという所に住んでいた(三・一五)。このテル・アビブは、ワルター・
アイヒロットによると、アッカド語のtil abubiと関係があり、それは「洪水の丘」を意味す
る。恐らく、洪水によって廃墟となった所である。捕囚の民は、そのような瓦礫の丘に簡単
な小屋を建てて住んでいたのであろう。(44)そこで日常生活をしている時に、エゼキエルは
思いがけずに神の幻を見たのである。
「神の幻を見た」の前に「天が開かれ」とある。これは、神の世界を示されたことである。
(45)この表現は賜物や裁きが与えられるために天の窓が開かれるという意味では他にもある
が(詩編七八・二三、マラキ書三・一〇、申命記二八・一二、創世記七・一一、イザヤ書二
四・一八)、啓示に関してはここだけである。これは、ヤハウェの会議に参与し、ヤハウェの
世界・ヤハウェの意志を直接示された体験を言っていると思われる。イザヤとイムラの子ミ
カヤも同じ体験をしている。ワルター・ツィンマリは、この三つのテキストは同じ伝承にあ
ると言う。(46)すなわち、預言者はヤハウェの会議において、ヤハウェによって厳粛に任命
されている。それらはまず、王座にいますヤハウェを見るのである。
わたしはヤハウェが御座に座し、天の万 軍がその左右に立っているのを見ました。(列王
記上二二・一九)
わたしは、高く天にある御座にヤハウェ が座しておられるのを見た。(イザヤ書六・一)
わたしは神の幻を見た。・・・王座のよ うなものの上には高く人間のように見え る姿を
したものがあった。(エゼキエル書一・一、二六)
しかしこれは、エゼキエルが形式的に過去の伝承を取り入れたというのでなく、彼の体験に
基づいた独自性が認められる。
幻と訳されている語は、であり、これは女性・複数形である。この形は、エゼキエル書
(八・三、四〇・二、四三・三)以外は、創世記四六・二(E)だけにしか出ない。そこで
は、ヤコブが幻において神の啓示を受けている。七十人訳ではこれらのテキストはすべて単
数になっているが、エゼキエルは自分の召命体験の強烈さを複数で表しているように思われ
る。この体験は強烈であったようであり、そのために彼は七日間も物を言うことができなか
ったのである(三・一五)。 さて、エゼキエルが見た幻は一体何であったであろうか。それ
は、一章二八節においては「ヤハウェの栄光」( )と言われている。「栄光」は、イスラエル
の神が民の間に臨在することを言う時に使われる専門語であり、エゼキエルとPとに特徴的
である。(47)ソロモンが神殿を建てた時、ヤハウェの栄光が主の宮に満ちた、と言われてい
る(列王記上八・一〇−一一)。それ以来、ヤハウェは神殿に住むと信じられ、その見える姿
が栄光であった。エゼキエルは祭司であったので、 の場所は、あくまで神殿である。しかし、
この神の幻において、この を見たのである。すなわち、汚れた捕囚の地にもヤハウェが臨在
することを示されたのである。これは強烈な体験であったと思われる。ただし、エゼキエル
が視覚的にどのようなものを見たのかは明らかではない。三章一二節には、「そしてヤハウェ
の栄光がわたしの所から上った時に、わたしはわたしの後に大きな地震の音を聞いた」(私訳)
とあり、むしろ聴覚的な体験であったかも知れない。一章二六節には「王座のような形の上
に人の姿のように見える形がある」(私訳)とある。ヘブル人にとって見えるものによる表現
形式のほかには物事を表現する方法がないので、(48)彼らの経験領域において最も優れた人
間を描くことによって神の圧倒的な姿を表現したものと思われる。しかし、神は人間とは全
く区別されたお方であるから、ここの表現は非常に注意深い。すなわち、 (人の姿のように
見える形)と二重の間接的表現をしている。は「似たもの」で具体的な意味をもつが、は「外
観」で余り具体性をもたない。また、一章二八節においても、(ヤハウェの栄光の姿の有様)
とやはり二重の間接表現を取っている。すなわちここでのエゼキエルの幻体験は、ヤハウェ
がエルサレム神殿から遠く離れた、汚れた捕囚の地に顕現したという普通には考えられなか
った体験であった。そして、そのヤハウェの圧倒的な力を表現するために、非常に詳細な描
写が付け加えられていったのである。すなわち「四つの生き物」や「車輪」などは、ヤハウ
ェがいかに大いなる力をもっているかということを、見えるものの表現形式で(フリーゼン)
表したものである。
さて、エゼキエルが異常な体験をしたことは、「ヤハウェの手」という表現によっても示さ
れる。ワルター・ツィンマリは、「ヤハウェの手は、イザヤ書に一度(八・一一)とエレミヤ
書に一度(一五・一七)以外には、古典的預言者には言われていないが、それ以前の預言者
にはしばしば言われている」ことを指摘している。(49)そしてこれは、エゼキエル書におい
て再び出るのである。
G・フォン・ラートは、「この短い言葉の背後に預言者を精神的にかきむしるだけでなく、
身体的にも取り乱させる出来事が隠されている」と言っている。(50)すなわちここには、何
らかのエクスタシーの体験があったことが暗示されているのである。ただし、エレミヤとイ
ザヤのは、この体験ではない。エレミヤ書一五章一七節には、
わたしは笑い戯れる者と共に座って楽しむことなく
御手に捕らえられ、独りで座っていました。
あなたはわたしを憤りで満たされました。
とある。この手は、神の啓示とも、精神の特別な状態とも関係ない。ここでの「ヤハウェの
手()」は、エレミヤが預言者として捕らえられたことを言い表している。ケイス・W・カー
リーは、これは、モーセがヨシュアに手を置いて、彼の後継者に任命したことと類似する、
と言う。(51)また、イザヤ書八章一一には、
ヤハウェは御手をもってわたしをとらえ、この民の行く道を行かないように戒めて言わ
れた。(新共同訳)
とある。原文は、 であり、口語訳のように「強いみ手をもって」と訳すべきである。これも「力強く」ということであって、エクスタシーの体験を言い表しているのではない。マルチ
ィン・ノートは、これは出エジプト記六章1節の「わたしの強い手によって、ファラオはつ
いに彼らをされせる」と類似する、と言う。(52)
しかし、初期預言者においては「ヤハウェの手」は、異常なエクスタシーの体験を現して
いる。列王記上一八章四六節には、
ヤハウェの手がエリヤに臨んだので、エリヤは裾をからげてイズレエルの境までアハブ
の先を走って行った。
とある。これは、 という表現であり、この表現は、エゼキエル書に七回出る(一・三、三・
一四、二二、八・一、三三・二二、三七・一、四〇・一)。アハブは戦車に乗っており、エリ
ヤはその前をカルメルからイズレエルまで走った、というのである。これは超人的な能力を
表している。また、列王記下三章一五節には、
楽を奏する者が演奏すると、ヤハウェの手がエリシャに臨み、彼は言った。
とある。これは、エリシャが特別な状態において啓示を受領したことを示している。音楽に
おいてエクスタシーの状態に陥る現象は、他にもある。サウルは最初、このような恍惚預言
者の集団に関係したようである。
それから、ペリシテ人の守備隊がいるギブア・エロヒムに向かいなさい。町に入るとき、
琴、太鼓、笛、竪琴を持った人々を先頭にして、聖なる高台から下って来る預言者の一
団に出会います。彼らは預言する状態になっています。(サムエル記上一〇・五)
ここで「預言する状態になって」(新共同訳)と訳されている語は、預言者()から派生した
動詞のヒスパエル形である()。A・イェプセンは、この動詞のヒスパエル形とニファル形は、
古い時代は「恍惚状態に陥る」ことを意味した、と言う。(53)関根正雄訳では「恍惚状態で」
となっている。この一団は、ペリシテの占領下にあったこの時代に、音楽を用いて恍惚状態
になって、士気を高めていた預言者の集団であった。このような預言者集団は、その後の時
代にも存続したようである。ただし、古典的預言者たちは、そのような預言者集団と自分達
を区別したのである。エゼキエルもそのような音楽を用いて恍惚状態に陥ったのではないが、
「ヤハウェの手」という表現は、同じような状態に陥ったことを表しているようである。「ヤ
ハウェの手」は、啓示を受領した後の三章一四節にも出、いわばインクルジオになっている。
すなわち、召命の出来事全体が普通でない異常な出来事であったことを示している。
次に、この召命の記事において、しばしば「霊」について言及されている。三章一二節には、
「霊がわたしを引き上げた」とある。「引き上げた」という動詞は、ヘブル語ではである。こ
のとが結びついた表現は空中浮揚のようなエクスタシー体験を表している。列王記下二章一
六節にも「ヤハウェの霊がエリヤを引き上げて()、彼を山か谷に投げたかもしれません」と
ある。エリヤは、嵐の中を天に上げられたのであるが、それをエリコの預言者たちは、霊が
彼をどこか遠くに連れ去ったのだと理解した、というのである。
九世紀の預言者にとって「霊」の働きは重要であったが、アモス以後の古典的預言者は霊
の働きに関しては非常に消極的になった。これは、彼らに霊が働かなかったというのではな
く、彼らにとっても神の霊の働きは絶対的であったが、彼らが「偽りの預言者」としたナー
ビーが、もっぱら霊によるエクスタシー現象で預言していたので、古典的預言者たちは、あ
えて霊の働きの言及を避けたと思われる。とにかく、エクスタシー体験としての霊について
は、古典的預言者は言及していない。ホセア書九章七節には、「預言者は愚か者とされ、霊の
人は狂う」とあり、霊の働きについては積極的な評価はなされていない。しかし、エゼキエ
ルにおいて再び霊が頻出し、しかもそれは古い預言者の伝統であるエクスタシーに関するも
のが多い。先程のと結びついた表現が六回出る(三・一二、一四、八・三、一一・一、二四、
四三・五)。また前述の「ヤハウェの手」と共に言及されている箇所が三回ある(三・一四、
八・一、三七・一)。そのうち、三七章一節は、「ヤハウェの手」と「ヤハウェの霊」が出、
後述のように特別な体験であったと思われる。
エゼキエル書には、が約50回出るが、その大半は運動能力と関係している。1章20節には、
それらは霊が行かせる方向に、霊が行かせる所にはどこにでも進み、車輪もまた、共に
引き上げられた。生き物の霊が、車輪の中にあったからである。
とあるが、ここでは霊は車輪を動かす原動力である。また、2章2節には、
彼がわたしに語り始めたとき、霊がわたしの中に入り、わたしを自分の足で立たせた。
とあるが、これは「ヤハウェの栄光の姿」を見て地に倒れた(1:28)エゼキエルを立ち上が
らせた原動力である。そして、3章14節の「霊はわたしを引き上げて連れ去った」というのは、
召命を受けた場所から捕囚の民の住むテル・アビブまでエゼキエルを運んだ原動力である。
W
エゼキエル書8−11章は、エゼキエルが「神の幻のうちに」エルサレムに運ばれ、そこで行
われている「忌まわしい」罪を見せられ、エルサレムが徹底的に滅ぼされる光景を見た、と
いう記事である。この記事は、イスラエルの歴史においても最も悲惨な出来事であるエルサ
レム滅亡を神が最終的に決定したその意志を、エゼキエルが知らされた、ということで非常
に重要である。
この章句でしばしば問題となるのは、エゼキエルが実際にエルサレムに行ったかどうかと
いうことである。記事そのものからは、エゼキエルは霊によって地と天の間に引き上げられ、
神の幻のうちにエルサレムへと運ばれ(8:3)、そこでの光景を見た後に、再び霊によって引
き上げられ、幻のうちに捕囚の地に連れられた(11:24)ということである。しかし、8章の
偶像礼拝視察の記事は非常に生々しい描写であり、シャファンの子ヤザンヤ(8:11)とか、
ベナヤの子ペラトヤ(11:13)といった具体的な人物のことが記されていることから、エゼキ
エルが実際にエルサレムに行ったとも考えられる。そこで、A・ベルトレートなどは、エゼ
キエルの初期の活動はエルサレムで行われたとし、R・H・ファイファーなどは、一度捕囚
地に移されたが、ヤハウェの命令により(3:4)エルサレムに戻り、第二回捕囚の紀元前587
年までエルサレムで預言したとする。しかし、バビロンからエルサレムまでの旅は数カ月か
かり、捕囚の身でそのような自由が許されていたかも疑問である。そこで、J・アルバート・
ソッジン、(54)ジョン・W・ウィヴァース、(55)ワルター・ツィンマリ、(56)ワルター・ア
イヒロット、(57)ケイス・W・カーリー、(58)などは、大体テキストの通り、バビロニアに
おいて幻で示されたものと解している。ただし、「主なる神の御手」(8:1)とか「霊がわたし
を引き上げ」(8:3、11:1、24)とか「神の幻のうちに」(8:3、11:24)といった表現が頻出し、
かなり異常な体験であったと思われる。実際にエルサレムに移されたのではないが、少なく
ともエゼキエル自身は肉体的にエルサレムに移されたと信じた、そのような体験であったと
思われる。(59)ツィンマリは、初期預言者のエクスタシー体験と似ている、と言う。(60)列
王記下5章20-27節には、遠い所でゲハジがナアマンから贈り物を受け取ったのをエリシャが
千里眼的に見たことが記されている。しかしエゼキエルの体験はもっと強烈なものであった
であろう。
このような体験においてエゼキエルは、エルサレムを最終的に滅ぼすというヤハウェの意
志を知らされたのである。そしてその裁きの理由は、エルサレムの罪、特に偶像礼拝である。
8章の記事は、エルサレムの四つの場所であ行われていた偶像礼拝の描写である。第一の光
景では、エゼキエルは「激怒を起こさせる像( )を見た(3節)。これは、W・アイヒロット
によるとアシェラの像である。マナセによって神殿にアシェラの彫像が置かれた(列王記下
21:7)。歴代誌下33章7節では、このアシェラの彫像にが使われている。列王記下23章6節によ
ると、これはヨシヤによって取り除かれたが、これはヨヤキムによって回復されていた。第
二の光景では、「あらゆる地を這うものと獣の憎むべき像」である(10節)。これは恐らく、
秘密の部屋で行われていたエジプトの祭儀であろう。なぜなら、エジプトからは、動物の形
をした神々が知られているからである。すなわち、ワニ、ヘビ、甲虫、牛、羊、猫などの像
である。これに反して、バビロニアからはこのようなものは知られていない。さらにこの祭
儀が秘密の部屋でひそかに行われていたことも、エジプトの宗教を暗示する。なぜなら、当
時のユダはバビロニアの支配下にあり、バビロニアの祭儀ならひそかに行う必要はなかった
からである。第三の偶像礼拝の光景は、タンムズ礼拝である。こらは古代オリエントで最も
普及していた植物神である。この植物生成の神は、土地が焦げて植物が枯れる夏に黄泉の国
に幽閉されると考えられていた。「女たちがタンムズ神のために泣きながら座っている」(8:
14)というのは、このタンムズが幽閉される時の儀式であった。第四の偶像礼拝の光景は、
太陽礼拝である(8:16)。太陽礼拝は古代オリエントには広くあり、マナセの時代には神殿で
これが行われていた(列王記下21:5)。ヨシヤはこれを取り除いたが(列王記下23:5)、ユダ
の弱体化と共にこれが復活したようである。
この章で「忌まわしいこと」()が四回繰り返され(6、9、13、15節)、四つの偶像礼拝の
光景が記されている。「四」という数字は、エゼキエルにとって重要である(1章の「四つの
生き物」「四つの車輪」、37章の「四方」参照)。ここでは四つの偶像礼拝で、エルサレムの罪
が赦しがたいことを示している。従って、エルサレムには裁きしか残されていない。これが
エゼキエルに示された神の意志である。
五
次に、37章の「枯れた骨の復活」の記事を見てみよう。この記事は、エゼキエルが幻にお
いて、絶望に打ちひしがれている捕囚の民を回復しようとしているヤハウェの意志を示され
たものとして重要である。1-11節は、異常な体験によってそのヤハウェの意志を示された記
事であり、11-14節は後代になされたその解釈である。
ここでは、「神の幻」(1:1、8:3、11:24、40:2参照)という言葉は使われていないが、「ヤ
ハウェの手」が臨み、「ヤハウェの霊」によって連れ出されたと言われており(1節)、エゼキ
エルが強烈なエクスタシー体験をしたことが物語られている。彼は、この幻を静かに眺めた
のではなく、この場面に肉体的に移され、神が起こそうとしている出来事に参与した、と強
く感じたのである。3章12節と8章3節では、「霊がわたしを引き上げ」とという動詞が使われ
ていたが、ここでは「霊によって連れ出され」と(ヒッフィル形)とう動詞が使われ、他の
体験と区別されており、エゼキエルの最も重要な出来事であったことを示している。(61)
エゼキエルはまず、かつて戦場であった谷に移され、そこに白骨化した多くの骨を見る。
そこで彼は、その骨に向かって預言するように命じられる。彼が命じられたように預言する
と、白骨化した骨が互いに近づき、骨の上に筋と肉が生じ、皮膚がその上を覆った。次に彼
は、霊がこれらの体に吹き込むように命ずると、それらは生き返って非常に大きな集団とな
った。
この幻は、死人の復活について言っているのではない。旧約において、死人の復活の思想
が現れるのは、ヘレニズム時代になってからである(ダニエル書12:1-2、イザヤ書26:19、ヨ
ブ記14:14)。ここで白骨化したおびただしい骨は、絶望状況にある捕囚の民のことである。
37章は元来日付で始まっていたと思われるが、それが脱落したようである。(62)従って、
この幻がいつのものかは不明であるが、恐らくエルサレムの陥落の知らせが捕囚の民に伝え
られてからそう時が経っていない頃であろう。エゼキエルを含む第一回捕囚の時にバビロン
に移された民は、最初はまだ一縷の望みがあった。すなわちエルサレム神殿がまだ存在して
いたからである。この神殿は、ソロモンが神の住まいとして建設し、どんな危機に直面して
も、最後はヤハウェが守り給うという迷信的な信仰があった。しかし、紀元前五八七年に、
バビロニア軍によってエルサレムは陥落し、ネブカドレツァルの命によって神殿にも火がつ
けられて破壊されてしまったのである。六カ月後にこの知らせが捕囚の民にも伝えられたが
(33:21)、彼らは一縷の望みを断たれ、全くの絶望状態に陥ったのである。肉体的には生き
ていても、精神的にはまさに死んだ状態であった。それがここで言われている「枯れた骨」
である。エゼキエルはエルサレム神殿の祭司であっただけになおさら深い絶望を味わったで
あろう。この時に、神の側から絶望の民を回復する幻がエゼキエルに示されたのである。す
なわち、ヤハウェは、その創造的な言葉と霊によって、彼らを再び回復しようとしていると
いうことを。
結び
われわれは、木田献一先生の「旧約の宗教は基本的に預言者的である」という所論から出
発し、その「預言者的」というのをエゼキエルにおいて考察した。そしてわれわれは、その
「預言者的」ということが、エゼキエルにおいても最も先鋭的な形で確認された。エルサレ
ム滅亡というイスラエル史においても最大の危機の時代に、自ら捕囚を体験したエゼキエル
が、幻において全世界を支配するヤハウェの圧倒的な力を示され、エルサレムを滅亡させよ
うとしたヤハウェの意志を知らされ、また絶望に打ちひしがれている捕囚の民を回復しよう
とするヤハウェの計画を示されたのである。(40章以下では、破壊された神殿が回復される幻
も示されたが、これは割愛した。)
これらはすべて、異常な体験を伴う幻で示された。しかしこれらの幻は、ただ視覚的に見
たというのでなく、神がまじかに起こそうとされている出来事にエゼキエルが実際に参与さ
せられた体験である。そのようにして、エゼキエルは神の意志を直接啓示されたのである。
これが預言者エゼキエルの特質であり、また預言者一般の特質でもあり、旧約聖書に基本的
にある特徴とも言える。
注
(1)木田献一『旧約聖書の中心』、1989年、新教出版社、30ページ。
(2)マックス・ウェーバー、武藤一雄、薗田宗人、薗田担訳『宗教社会学』、1976年、創文
社、77ページ。
(3)同上。
(4)前掲書、39ページ。
(5)木田献一先生は、古典的預言者をこう呼ぶ。木田献一『イスラエルの信仰と倫理』、1971
年、日本基督教団出版局、190ページ参照。
(6)ノーマン・ハーベルは、預言者の召命記事には、預言者が召命を辞退したり躊躇する要素
が必ずあると言っている(出エジプト記3:11、士師記6:15、エレミヤ書1:6、イザヤ書6:11、
エゼキエル書2:6、8、イザヤ書40:6ー7)。Norman Habel, The Form and Significance of
the Call Narratives, ZAW 77(1965), pp.297-322.
(7)木田献一『旧約聖書の中心』、57ページ。(8)マックス・ウェーバー、前掲書、77ページ。
(9)預言者はしばしば、自分は小さい者だ、と言う(出エジプト記4:10、士師記6:15、エレミ
ヤ書1:6。申命記7:7参照)。
(10)木田献一先生は、「この部分は、彼の弟子たちによって、恐らく非常に早く文書化された」
と言っている(『イスラエル予言者の職務と文学』、1976年、日本基督教団出版局、121ペ
ージ)。
(11)ヘブル語は、jq;l;(取った)で、無理矢理預言者にされたという強制の含意がある。
(12)パウロも自分の宗教体験については余り語っていない(使徒言行録9章のような回心の体
験も)が、「第三の天にまで引き上げられた」体験については、うっかり口をすべらしてい
る(コリントの信徒への手紙二12:2)。(13)Gustav Hoelscher, Die Profeten. Unter-
suchungen zur Religionsgeschichte Israels. 1914.
(14)Alfred Jepsen, Nabi. Soziologische Studien zur alttestamentlichen Literatur- und
Religionsgeschichte, 1934. なお、木田献一『イスラエルの信仰と倫理』所収の「イス
ラエルにおける初期予言運動」参照。(15)マックス・ウェーバー、内田芳明訳『古代ユダ
ヤ教II』、1964年、みすず書房、445ページ。
(16)これを、J・リンドブロームは「啓示の状態(reveratory state of mind)」と言う(J.
Lindblom, Prophecy in Ancient Israel, 1962, p.35)。
(17)これについては、近藤十郎「預言者エゼキエルの啓示体験と神認識の問題」、『同志社女
子大学学術研究年報』35、1984年、58ー75ページ参照。
(18)ゲルハルト・フォン・ラート、荒井章三訳『旧約聖書神学II』、1982年、日本基督教団出
版局、80ページ参照。なお、預言者の召命記事が預言の正当化のために形成されたという
ことについては、拙稿「預言者の召命記事」、『神学研究』23号、1975年、1ー28ページ参照。
(19)イザヤの召命については、Driver,G.R.: Isaiah 6:1 “his train filled the temple",
“Near Eastern Studies in Honor of W.F.Albright", Johns Hopkins, 1971, 87-96.
Gowan,D.E.: Isaiah 6:1-8, Int 45(1991), 172-175. Keel,O.: Jahwe-Visionen und
Siegelkunst. Eine neue Deutung der Majestaetsschilderungen in Jes 6, Eze 1 und 10
und Sach 4. (SBS 84/85), 1977. Knierim,R.: The Vocation of Isaiah, VT 18(1968),
47-68. Seitz,C.R.: The Divine Council: Temporal Transition and New Prophecy in
the Book of Isaiah, JBL 109(1990), 229-247. Steck,O.H.: Bemerkungen zu Jesaja 6,
BZ 16(1972), 188-206. 参照。
(20)天の会議については、Kingsbury,E.C.: The Prophets and the Council of Yahweh, JBL
83(1964), pp.279-286, Baltzer,K.: Considerations regarding the Office and Calling
of the Prophet, HThR 61(1968), pp.567-583. 参照。
(21)ノーマン・H・スネイス、浅野順一・林香・新屋徳治訳『旧約宗教の特質』、1964年、日
本基督教団出版局、31ページ。
(22)von Baudissin, Der Begriff der Heiligkeit in Alten Testament. Studien zur semiー
tischen Religionsgeschichte, 1878.
(23)Muilenburg,James: Holiness, IDB vol.2, 1962, p.620.
(24)ルードルフ・オットーはそれを、「ヌウメン的要素と道徳的・合理的要素とが緊密に結び
ついている」と言っている(山谷省吾訳『聖なるもの』、1968年、岩波書店、129ページ)。
(25)木田献一『旧約聖書の中心』、39ページ。(26)マックス・ウェーバー、前掲書、418ページ。
(27)モーセの召命記事(出エジプト記3:4ー12)は、エレミヤの召命記事(1:4ー10)と類似
しており、伝承史的に近い関係にある(Walther Zimmerli, Ezekiel 1[Hermeneia], 1969,
p.97)。恐らくバビロニアに抑圧された危機の時代に形成された。
(28)木田献一「イザヤ書1ー39章」、『新共同訳旧約聖書注解II』、1994年、日本基督教団出版
局、254ページ。
(29)マルティン・ノート、樋口進訳『イスラエル史』、1983年、日本基督教団出版局、320ペ
ージ。
(30)ロバート・R・ウイルソンは、エゼキエルは政治的・社会的・宗教的に危機の時代に召
命を受けた、と言う。Wilson,Robert R.: Prophcy in Crisis; The Call of Ezekiel, in
James Luther Mays & Paul J. Achtemeier(ed.): Interpreting the Prophets, 1987,
Fortress Press, pp.157-169.
(31)Zimmerli,Walther: The special and traditio- historical character of Ezekiel's
prophecy, VT 15(1965), pp.515-516.
(32)ワルター・ツィンマリの単元によると、1:1-3:15、3:22ー5:17、8:1ー11:25、37:1ー14、
40:1ー48:35。
(33)例えば、Broome, Edwin C.: Ezekiel's Abnormal Personality, JBL 65(1946), 277-292。
(34)Lindblom, ibid., p.123.
(35)Ibid., p.124.
(36)ゲルハルト・フォン・ラート、前掲書、90ページ。
(37)Zimmerli,Walther: Ezekiel 1(Hermeneia), 1979, Fortress Press, pp.81-141.
(38)イザヤの「召命記事」は書の冒頭にはないが、イザヤがシリア・エフライム戦争の出来
事を取り扱った覚え書(6:1ー9:7)を一つにまとめて封じておいた(8:16)際に、その冒
頭に置かれたものである。
(39)この第三十年は、ほとんどの注解者が2節の「ヨヤキン王が捕囚となった第五年」と同じ
であるとしている(紀元前593年)。しかしここだけが別の数え方というのは不自然である
し、筆者はここも「ヨヤキン王が捕囚となった第三十年」と考える。York,A.D.: Ezekiel
1, Inaugural and restoration Visions?, VT 27(1977), p.24参照。
(40)ワルター・ツィンマリは、1章においては、4、5、6b、11b、12、13、22、27、28節のみが元来の
ものであった、と言う(Hermeneia)。
(41)例えば、6節の「四つの顔」はメソポタミアでよく知られている四面神と関係があり、15
節の「車輪」は多分メソポタミアの王座を支える車輪を想起しているであろう。また、4節
の「琥珀金(lm:v[j[)」、16節の「緑柱石(vyvir[T: )」、22節の「水晶(ar;wno)」、26節
の「サファイア(ryPis:)」は、いずれもエゼキエル書か捕囚期またはそれ以後の資料に出
てくるものである。
(42)新共同訳聖書では、「神の顕現に接した」と訳されているが、原文には特別な意味を表す
twoar[m: があるので、「幻を見た」と訳方がいいであろう。
(43)フォン・ラート、前掲書、86ページ。
(44)Eichrodt,Walther: Ezekiel(OTL), 1970, p.67.
(45)Ibid., p.54.
(46)Zimmerli,Walther, Ibid., pp.98-99.
(47)ゲルハルト・フォン・ラート『旧約聖書神学I』、1980年、322ページ。
(48)Th・C・フリーゼン、田中理夫・木田献一訳『旧約聖書神学概説』、1969年、日本基督教
団出版局、232ページ。
(49)注(31)の論文。
(50)フォン・ラート、『旧約聖書神学II』、86ページ。
(51)Carley,Keith W.: Ezekierl among the Prophets, 1975, SCM Press, p.19.
(52)Noht,Martin: Exodus(ATD), 1958, p.35.(53)Jepsen: ibid., p.8。なお、木田献一「イ
スラエルにおける初期予言運動」、『イスラエルの信仰と倫理』、1971年、日本基督教団出版
局、177ページ以下参照。
(54)Soggin,J.Alberto: Introduction to the Old Testament, 1980, SCM Press., p.303.
(55)Wevers,John W.: Ezekiel(New Century Bible), Oliphants, 1969.
(56)Zimmerli,Walther: Hermeneia.
(57)Eichrodt,Walther: ATD.
(58)ケイス・W・カーリー、樋口進訳『エゼキエル書』(ケンブリッジ旧約聖書注解18)、
1980年、新教出版社。
(59)Widengren,G.: Literary and psychological Aspects of the Hebrew Prophets, 1948,
p.103.
(60)Zimmerli,Walther: The special and traditio-historical character of Ezekiel's
prophecy ,VT 15(1965), p.517.
(61)Carley,K.W.: Ezekiel among the Prophets, p.30.
(62)Weversm,J.W.: Ezekiel, p.277.