2006年8月3日 故・南徹さん追悼式 於 千刈キャンプ場
コリントの信徒への手紙一15章50〜58節
あの事故が起こったのは、今から44年前、1962年8月3日でした。
昨年、千刈キャンプの50周年を迎え、ここで記念式典も行われました。
そして、「記念誌」も発行されました。
その記念誌に、当時学生リーダーで、長く宗教センターで働かれた長尾文雄さ
んがこの事故について「抜き去ることのできないトゲ」という題で書かれてい
ます。
その一部を引用します。
「その時、学生リーダー4名が、ひとりのリーダーを抱え上げ、橋の欄干から
羽塚川に投げ込んだ。水の中のリーダーは着衣のままであり、泳ぎも不得意で
あったため、おぼれ、水中に沈んだ。仲間数名がすぐさま飛び込み、水中を探
すが中々見つからなかった。泳ぎに自信のある高校生も飛び込んで探索に加わ
った。30分後に岸に引き上げられ、直ちに人工呼吸などの救命処置がくわえ
られたが、帰らぬ人となった。」
学生のほんの一瞬の気のゆるみから、会ってはならない事故が起こってしまっ
たのです。
私は、この事故より2年後の1964年に経済学部に入学し、宗教総部に入り、
その夏このキャンプ場で行われた修養会に参加し、その時先輩の宗教総部員か
らこの事故について聞き、大変驚いたことを覚えています。
ちょっとした不注意から取り返しのつかないことが起こるのだ、ということを
思わしめられました。
長尾さんが「抜き去ることのできないトゲ」と書かれていますが、この事故は
決して忘れてはならないことであり、二度と起こしてはいけないことであり、
常に教訓としなければならないことだと思います。
そして、事実、この事故を教訓にして、千刈キャンプ場の歩みが今までなされ
てきたと思います。
そして、その後44年間大きな事故もなく歩んでこれたのも、この事故を教訓
にしてきたからだと思います。
この事故は、本当に悲しいことですが、神は、故人に尊い命を与え、そして貴
重な人生を与え、とりわけ、故人にかけがえのない家族を与え、その家族と共
に尊い歩みを導かれたのではないかと思います。
神によって尊い人生を、掛け替えのない人生を、故人に与えられたことを思い
たいと思います。
南徹さんは、今や天において私達を見守り続けていてくださっていることを確
信します。
私達は、この敬愛する兄弟と、この世では再び会うことが出来ず、本当に寂
しい思いをしていますが、この兄弟がどこか分からない所に行ってしまったの
ではなく、天に召され、平安をあたえられているのです。
フィリピの信徒への手紙3章20節には、「私達の本国は天にある」と言われて
います。
南徹さんは、その本来の住まいである天に帰られたのです。
そしてそこで、神の祝福を得ているのです。
さて、残された私達は、故人の意志を受け継いで、意義のある人生を送るこ
とが必要でしょう。
先程のコリントの信徒への手紙一15章58節には、次のようにある。
「だから愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされず、いつも全力を注いで、
主のわざに励みなさい。主にあってはあなたがたの労苦が無駄になることはな
いと、あなたがたは知っているからである。」。
私たちは、この南徹さんの死を決して無駄にしてはならないと思います。
私達も残された人生を有意義に力いっぱいすごすのが、故人の希望でもあるで
しょうし、神のみ旨でもあります。
そこで、後に残された私達は、愛する者と天に於いて、再会する希望を堅く保
って、故人の残してくれた教訓を大切にしつつ歩みたいと思います。