CH060623     2006年6月23日     神学部チャペル
         コロサイの信徒への手紙1章9-14節
         「祈りに支えられて」
         313
 
 この箇所は、この手紙の著者が(一応パウロとしておきますが)、コロサイ
の教会の信徒のために「執り成しの祈り」をしている記事です。
コロサイの教会は、パウロが直接伝道したのではなく、弟子のエパフラスが
伝道して建てた教会だと言われています。
ですから、この「執り成しの祈り」もエパフラスのものかもしれません。
しかし、パウロも、自分の建てた教会のために常に祈っていましたので、そ
のパウロの気持ちを汲んだ祈りということで、パウロ自身の祈りと解しても
いいと思います。
そしてその内容としては、「神の御心を悟るように」「主に喜ばれる歩みをす
るように」「どんなことにも忍耐するように」「神に感謝するように」といっ
たいずれも信仰者にとって重要な事柄です。
そして、この手紙の著者は、最初のところで、「絶えずあなたがたのために祈
り、願っています」と言っています。
祈りというと、多くは自分のために祈ります。
自分がこのようになって欲しいとか、自分に何かが欲しいとか、自分の苦し
みを取り除いて欲しいとか。
しかしここで著者は、「あなたがたのために祈り、願っています」と言ってい
ます。
そして、聖書に登場する偉大な人物は、しばしば他の人のために執り成しの
祈りをしています。
例えば、アブラハムは神が甥のロトが住んでいたソドムの町を滅ぼそうとし
たとき、ロトのために一生懸命執り成しをしました。
また、モーセは、シナイ山で人々が偶像礼拝の罪によって滅ぼされそうにな
ったとき、一生懸命執り成しをし、たとえ自分の命が取られてもいいから民
を救ってください、と言いました。
 わたしは昨年まで、京都の教会で牧師をしていました。
礼拝においては、やはり牧会祈祷で執り成しの祈りをしていました。
教会員は、それぞれ実にいろいろな問題を抱えています。
表面的には分かりませんが、少し内側に入りますと、実にいろいろなそして
深刻な問題を抱えています。
一見平和そうに見える家庭にも、一歩中に入れば、深刻な問題を抱えている
家庭も多くあります。
そういう一つひとつの家庭の問題を覚えながら、執り成しの祈りをします。
そして、今日のテキストにあるように、「神の御心を悟り、主に喜ばれる歩み
をするように」と祈ります。
そのようにして、わたしは、執り成しの祈りをして、教会員を支えようとし
てきました。
 しかし、ある時実はわたし自身が祈りによって支えられていることを知り
ました。
教会員の中に、病気のためにずっと教会に来れない年配の女性がいました。
その方は、いくつもの難病を抱えていました。
原因不明の難聴に犯され、途中から耳が全く聞こえなくなりました。
御自分が話すことはできるのですが、こちらの声は全く聞こえないのです。
ですからお伺いしたときはいつも私の方は筆談です。
それから、骨の難病で、胸にはいつもコルセットをはめていました。
外にはほとんど出られない状態でした。
もう何十年と自宅で療養されていました。
そこでわたしは時々訪問して、病者聖餐をしました。
声を発することはできますので、讃美歌などもマイペースですが大きな声で
歌われました。
そして祈りも大きな声で祈られました。
わたしは、こんな苦しみを抱えているのだから、祈りでもって支えてあげな
ければならないと思って一生懸命祈ったのですが、実は私の方がその人の祈
りに支えられ、励まされて帰るのが常でした。
そしてその女性は、こう言われました。
「わたしは、病気のために外にも出られず、日曜日も教会にも行けず、教会
のためには何もできません。しかし、わたしにできるたったひとつのことは、
教会のため牧師のために祈ることです。土曜日には、先生のために、説教が
きちんとなされるように祈っています。」と言われました。
わたしは、この女性の言葉に強く心を打たれました。
わたしはいつも、礼拝の牧会祈祷に於いて、教会員のために執り成しの祈り
をしなければならない、している、と思っていました。
しかし実は、わたしが教会員によって祈りで支えられていたのだ、と言うこ
とを実感しました。
そして、このか弱き老いた女性の祈りが、わたしに実に大きな力と励ましに
なりました。
パウロも、一方では教会の人たちのために執り成しの祈りをしていますが、
他方では教会の人たちに祈りで支えて欲しいとも言っています。
 わたしの経済学部の時の指導教授は、北村次一先生でした。
この先生は、今年の4月22日に突然天に召されました。
84歳でした。
その前日の、金曜日に、奈良の自宅からランバスの早天祈祷会に出席され、
関西学院のために熱心な祈りをされました。
祈祷会が終わってから、吉岡記念館の宗教主事室で、今度はわたしのために
一生懸命祈ってくださいました。
そして、元気な足取りで奈良の自宅に帰られましたが、次の日の晩お風呂の
中で急性心臓病のためになくなったのです。
この北村先生は、祈りの人でした。
学生の頃、キャンパス内で先生に出会うと、必ず「樋口君お祈りしてくれた
まえ」と言って、どんなところでもお祈りさせられました。
人が大勢いるところでもお構いなしでした。
ですから、恥ずかしいこともあって、向こうから北村先生が来られるのを見
ると、会わないようにしたものです。
卒業して、牧師になってからも、時々わたしの牧会する教会に来ては祈って
くださいました。
それは大きな励みになりました。
そして、亡くなる前の日も、わざわざ関学に来られて、関学のため、そして
私のために祈って帰られました。
私は北村先生の祈りに支えられていることを実感しています。
そしてわたしたちは、究極的に主イエスの祈りに支えられているのではない
でしょうか。
主イエスは、十字架上において、「父よ、彼らをお許しください。自分が何を
しているのか知らないのです。」と執り成しの祈りをされました。
そして、これはわたしたちへの執り成しの祈りではないでしょうか。
わたしたちは、この主イエスの執り成しの祈りに根本的に支えられているの
ではないでしょうか。